10
帰りこそ聞く。
気合いを入れて支度をしていたら、真美は先に桜ちゃんと教室を出ていっていた。
「まぁちゃん。桜ちゃん。一緒に帰ろう。」
下駄箱で追い付き声をかける俺。
いつもの様に三人で話ながら帰る道で真美の顔をみると、やっぱり顔色が悪くて疲れている。
駅で桜ちゃんと別れるのを待っていたかの様に手を繋いだ。
「あの…。」
「手はこのまま。」
今まで、聞きもしていないのに真美の事を話ていた母さんは、何も言っていなかった。けど絶対家の様子がおかしい。何かを一人で抱えている。
ずっと見ていたはずなのに、声もかけられなかった自分に腹が立つ。
「まぁちゃん。最近、何かあった?」
「どうして?」
「こっちが聞いてる。」
こっちがどうして隠すのかと聞きたい。黙りこんだ真美。
なのに家の門に着くとほんわり笑って柔らかい声で言われた。
「ありがとう。じゃあ、気をつけて帰ってね。」
どうしても手を離せず真美を見つめた。
「たっくんと呼ばないから?けど学校で出そうになるから…。」
脱力する…。まぁちゃんの中で、いったい俺は何才なんだろう…。もう良い。今日はバイトも無いから時間はたっぷりある。
「それもあるけど、トイレ貸して。」
まぁちゃん…。驚いてるけど、口実だよ口実。ほんとに俺は小さなたっくんなんだな。
「いいよ。」
一応、俺も男だ。まぁちゃんに恋して告白もした。
なのに、呑気に返事をして鍵を開ける背中には、警戒心無しと大きく書かれてある様に見えた。
そんな背中に下心は無いにしろ、少しは意識しろと言いたくなる。
家の中は、やっぱり人の気配がない。寄り道せずリビングまで、まぁちゃんの後を着いていき聞いた。
「まぁちゃん。おばさんは?」
「今日も用事で出掛けてるみたい。」
ビクッとした癖に、呑気そうに笑って目も合わせない。
「…まぁちゃん。」
無理に聞き出す事じゃないかもしれないけれど、あんな顔のまぁちゃんを放っておけない。
「まぁちゃん学校でぼんやりしてる事増えただろ。俺と教室で話すようになる前から。」
落ち着いて話そうと、手を引きソファに座らせ俺も座り話し始めた。
「朝も帰りも玄関で鍵を使って誰もいないみたいだし…。おばさん日中のパートだろ?何があった。」
俯く真美が小さな子供に見えて、そっと頭をなでる。
「おばさん。家にいないのか?」
涙をポトリと落とし泣き始めるので、ますます小さく見えて肩を遠慮がちに抱くと話し出した。
「10日前から入院してるの。めまいと吐き気がきつくて…。」
おばさんは、調子が悪そうな日続き、寝込んで病院に行くと即入院になったらしい。
検査の結果も悪くなく、経過もよく回復してる。病院にも学校から帰り着替えて毎日行くらしい。おじさんも病院にも寄るので、毎日帰りが遅く10時すぎらしい。
無力で家事も上手くできず、母の心配や夜に家に一人でいる事がこんなに心細くて寂しくなるとは思わなかった事。
涙が止まらないまま話してくれた。
「まぁちゃん大変だっだね。」
思わず胸に抱き寄せると、更に泣かれた。
「俺に少しは頼って話して。好きな子が一人で泣いてるのは辛い。」
嗚咽する真美の背中を、ゆっくりとさする。
昔も、兄貴達に意地悪されたら我慢して我慢してから泣いてたよな…。
今の俺なら、慰めるだけじゃなく、少しでも何か力になれるかもしれないよ。
しばらくしてグスグス鼻を鳴らしながらも、真美が胸から離れた。
「たっくん。ありがとう。もう大丈夫。」
泣き腫らした目で強がって笑顔を向けられたこっちが悲しくなり、また抱き寄せる。
そうしたら、だんだん無理して笑う真美に苛立ち、わざと音を立てて頬にキスをしてやった。
とたんに、勢いよく離れる真美。顔も赤い。
「寂しくなくなるおまじない。口が良かった?そっちの方が良くきくかもね。」
からかい気味に言い真美の背中を引き寄せると慌てて逃げられた。
「まぁちゃ〜ん。」
手を伸ばしてタコみたいな口して追いかけると、ティッシュの箱が飛んできた。