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トキメキハナビ

作者: 須景夜々
掲載日:2026/11/04

病院内の掲示板に一枚のチラシが貼ってあった。夏休みも終盤に差し掛かってきた今、夏最後の思い出として市画花火大会を開催するらしい。ちょうど私の部屋から見える場所だったので心が少し跳ねた。1年中病院で過ごす私にとって花火等の参加せずとも季節を感じられる行事は貴重なのだ。

 日時をスマートフォンにメモしようとして、私は右手をイルリガートル台から話す。ズボンのポケットに手を入れてスマートフォンを指先で掴む。しかし、ポケットから取り出したとき、握りが甘かったせいかスマートフォンは右手からするりと抜け落ちて滑らかな廊下を滑って行ってしまった。プラスチックケースなのも相まってスマートフォンはよく滑ったが幸いすぐに曲がり角で壁にぶつかり止まった。私はイルリガートル台を掴み小走りで向かった。

 そして、しゃがんで手に取ろうとしたその時、頭に物理的な衝撃を受けた。私は尻餅をつき、鈍い痛みが走るおでこを両手で強く押さえた。ジンジンと頭が揺れる。


「すみません、大丈夫ですか?」


 慌てふためいた男性の声が聞こえる。私の視界には男性がついている膝が映った。


「だ、大丈夫です」


 私は顔を上げようとしたがおでこを触っている今あることに気づいた。メガネがない。さっきぶつかった時に吹き飛んだのだ。めんどくさくてメガネのネジを閉めるのをサボっていたツケが回ってきたと私は思った。そんなに遠くにはいっていないと周囲に手を伸ばす。だが、なかなか見つからない。視力が01を切っている私には白の地面と同化した白いフレームの眼鏡を探すのは至難だった。それでも必死に探していると男性は私の意図を汲み取って一緒位にしゃがんで探してくれた。優しい人だなぁ、と私は思った。すぐに男性は眼鏡を見つけて私に声をかけてくれた。


「ありました。手、出してください」


 私が両手を差し出すと男性は私の手のヒラに眼鏡を置き包み込むように手を重ねた。

 それはなんだかドラマチックで私の全身を熱くさせた。


「あ、ありがとうございます」


自分がニヤケている気がしたのでバレないように俯きながら手に込められた眼鏡をつける。垂れ下がった三つ編みの先を私は見つめた。すうっと息を吸い、私は顔を上げる。


「あの、」


 顔を上げながら発そうとした感謝の言葉は彼の顔を一目見たその時に出せなくなった。

 黒曜石の断面のような、、水に反射している満月のような、病室の窓から見えるアルビレオのような、まどろむ夕日のような。

 私の目を奪い、心を鷲掴みにされた。口は半開きになり、頬は赤く染まる。この感情は、なんていうか、そう、いや、言葉にできない。でも、一つの想像で語るなら、これはきっと恋である。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



当社比の劇的な出会いを果たしたあの日、私は出どころのわからない勇気で彼と関わりを持つようになった。いっても私はこの病院から出ることができないので彼がいつもきてくれた。

 あの日、健康体のように見える彼がなぜ、病院にいたのかを聞いたところ、「心臓検診の日に休んでたから」と答えた。なお問題なしだったらしい。

 話すことは大抵創作物の語り合いだけど、私はよく学校のことを聞いていた。

 

「このページみたいな事って本当にあるの?」


私は主人公が屋上で昼食をとっているページを見せた。


「いや、これはないね。実際は鍵がかかってる」

「夢がないね。私これやってみたかったのに。長い事病気で休んでいた、いや、転校生が一人屋上で昼食を取ってるなんてロマンチックじゃない?」

「はいはい、ロマンチックロマンチック」


彼は平常運転な私を軽くあしらい読んでいた漫画のページを捲る。彼は創作物の中でも特に漫画が好きなようで彼と関わった次の日に彼は好きな漫画を私に布教するためにわざわざ病室まで全巻持ってきてくれた。


「………僕はあまり君の病気のことを知らないし、聞くのも気が進まない。でも、ゼリーやら果物でも買ってきたいんだけどそういうのって大丈夫?」


彼は私をみながら慎重に聞いた。


「特に食事制限はないから大丈夫だよ。そんなに気を使わなくてもいいのに〜」

「院内コンビニの品揃えが悪かったから。あそこのコンビニは悪意を感じる」

「病院だからね。たまにあそこに死んだ目をした先生が入っていくんだけど、毎回致死量のエナジードリンクの入った袋を持って出てくの」

「それは大変だ」


そう同情しながら彼はカラカラと笑った。私は欲しいものは

インターネットを使って母に買ってもらうのであそこのコンビニを利用することはほとんどない。あれは患者用というよりここに勤める先生用な気がする。貴重な冷蔵コーナーの一区画をエナジードリンクに割くコンビニが私たち用なはずがない。


「ここの病室は君一人なんだね。今更だけど」

「確かにそうだね。前までいた気がするんだけど、どこ行ったんだろう。患者同士って基本話さないし、みんな女性だったけど私学校行ってないから話しても話が合わなかったし」


彼は「それは、ああ、いや、うん」と歯切れの悪い言葉を並べたが諦めて漫画に目を落とした。フォローしようとした努力は伝わったよ、と励ましてあげたい。これを言われたら誰だってこうなる。多分私でも多分そうなってる。


「そんなに気にしないでよ。今こうして友達ができて一人じゃなんだし」

「そっか。ならよかった。ところでそこのパソコンって何に使ってるの?」


指差す先には私のベットの横に置いてある充電中のノートパソコンがあった。


「スマートフォンじゃ画面が小さいから少しでも大きい画面で見たい時にアニメとか映画をあれで見てる」

「へー。最近は何見た?」

「昨日はあれ見たよ。あの、岸辺露伴がルーブルに行くやつ」

「まんまじゃん。主演の俳優かっこいいよね。空気感もいい」

「そうそう。あんまりにも面白かったから今漫画買おうか迷ってる」


 その後も映画トークは続き、2時になって彼は部活のため学校へ向かった。彼は茶道部に入っているらしい。

 彼が帰った後、私は検査を受けた。私はこの時間が世界で一番嫌いでいつも映画のことで頭を満たしてこの時間を乗り越えていた。前世で一体なんの罪を犯したのかと神さまに聞きたくなるような凄惨な時間を過ごして、母と主に先生と話を聞くことになる。母はこの検査の結果が芳しくなことくらい先生の顔を見れば分かるのに毎回希望を抱いて検査結果を聞いていた。私は母の希望は他人事だから気が楽なんだろうなと思っている。でも、この話を彼にしたら「そんなこと言うもんじゃないよ。君のお母さんはきっと君の事を大切だと思ってる。これすら人ごとに思われるかもしれないけど希望は持たないと」と言われてしまったから口には出さないけど。


「状態は非常に良くないです。このままだと後…………」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 カレンダーが赤いバツで埋まってきた。夏休みがもうすぐ終わる。


「夏休みも後3日か〜。学校面倒くさい」

「ふふ〜ん。私はずっと〜夏やすみ〜」


 私は煽るように両手をあげて枕へ頭を下す。その影響かわからないが伝えたかった事を思い出した。関係が深まった今、口が動き喉が柔らかい今なら言える気がする。


「あ〜8月30日って予定ある?」

「宿題も終わったし部活も休みだから予定はないよ」

「あのさ、もしよかったら花火、一緒にここで見ない?市と連携してて夜も病院が開くの」


 彼は読んでいた漫画を閉じて「いいよ。時間とかおしえて」と食い気味に聞いてくれた。そこから先は嬉しくて覚えていない。多分、かなり声が大きくなってたと思うし距離も近かったと思う。枕に顔を埋めながらベットの上で暴れた。

 私は告白するのだ。愛を伝えるのだ。花火大会、クライマックスで。

 これはチャンスとか勝機とか学校の状況とか全て採算度外視。私にはもう時間がない。私の病気がどうなるかわからない今伝え損なっては死んでも死にきれない。凄惨な運命にある可哀想な女の子でもなんでもいい。伝えた思いが叶わなくたっていい。この思いを連れ出すのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 花火大会の日、私はいつもの服だったが彼は袴を着ていた。彼は自分だけ袴だったのが恥ずかしそうだった。長めの髪と袴をよく似合っていた。


 花火が始まる。画面では何度も見たが生で見るのやはり違った。それは誰かと見ているからかもしれないけど。音は少し離れたここでもかなり聞こえた。重厚な破裂音はなだらかに耳に流れ込む。大きく咲いた花火は空を照らし、多くな雲をその明るさで映し出した。近くだと火薬の匂いがするのだろうか。


「花火って下からだと平面なの?」


私は彼と話したくて知っているのに彼に聞いた。彼はすぐに答える。


「球体に展開されてるらしいからどの角度から見ても同じらしいよ。あれ?その映画見たって言ってなかった?」

「うん。知ってる」


私はおかしくてケラケラと笑ったけど、きっと花火の音で聞こえていないはずだ。

最後の花火が美しく散った。彼はまだ見つめていた。


「ねえ」


私は声をかける。


「なに?」

「私、あなたが好き」


私の告白に彼は驚かなかった。まゆ一つ動かさず私を見つめ、口を開く。


「僕も………君が好き」

「じゃあ、付き合ってくれる?」

「うん」

「でも私、病気だし、ここから出れないよ。多分一生」

「うん。それでもいいよ」

「もしかしたら死ぬかも。イライラして理不尽に君に当たるかも。薬の影響で映画見れなくなるかも」

「ねぇ」


彼は私の発言中に冷たい声で食い込んだ。私は「何?」と震える声で言った。


「僕が君を顔や映画だけで見てると思ってるの?」

「うん。それ以外何かあるの?」

「ある。でも君は絶対気づかない。だから、付き合いながら教えてあげるよ。君の良さを君が嫌というほどね」


 彼は口角をあげて笑った。そしてやっぱり恥ずかしくなったのか、それとも純粋に発言に対する恥ずかしさか、目が泳ぎ出したので私は笑った。くすくすと笑う私をよそに、彼は恥ずかしそうに手で目を覆った。

 花火の匂いが風に乗って私の鼻口をくすぐる頃、彼は私の方を見て、少し笑ってハンカチを差し出した。



ーーーーーーーーーーーー——



 私は銀色に光る薬指を見ながら、横に座っている彼に寄りかかった。やっと退院できて、同棲しているアパートのリビングは温かく、二人きりの空間は私の心に染み渡った。


「ねーねー。一つ聞いてもいい?」

「いいよー」


 漫画を見ながら緩やかに彼は言う。


「私のこと、いつから好きだった?」


 それを聞いた彼は分かりやすく動揺し、漫画本を閉じて私を見つめた。


「う〜ん、君絶対笑うもんな〜。笑わないって約束するなら、教えるよ」

「するする。それで、いつから好きだったの?」


彼は言う前から頬を染めてすうっと息を吸った。


「…………一目惚れだった。病院で頭をぶつけたあの日から」

「…………フフ」


まさかの私と同じで笑うつもりはなかったのにいろんな気持ちが混ざって少し笑ってしまった。

少し笑う私を見て、彼は優しい目で囁いた。


「ほらね。やっぱり笑った」

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