●出会い④
怖い顔をした男の人がいきなり私を取り押さえにきた。
ひゃあっ!これは取り押さえというよりも押し倒したが正しいよ!
へ、変態!誰か助けてぇ!
顔が怖くて三十は越えてそうなおじさんが女子高校生を押し倒してるよ!
「フィアナ!今のうちにあいつを逃がすんだ!」
しかも両腕掴まれてるから身動きが取れない!
大の大人に少女が勝てるわけないでしょぉ!
これは私の油断が招いた結果だから私が何とかしなきゃいけないんだけど…うぅ…、出先でシャニアさんにああいったけど、実は私まだ魔力を完全にマスターしたわけじゃないの…。
一応テレポートはなんとか出来るようになったけど、こんなパニック状態じゃどこに飛んじゃうかわかんないし…。
『……己の力に、過信しないでくださいね』
シャニアさんからちゃんと忠告されたのに、ちゃんと前以て注意されたのに、それでも私はちゃんと聞いてなんていなかった。
魔力という魔法の力を手に入れた。
だから大丈夫。
絶対に誰にも負けない。
…そんなことあるわけがないのに。
今から何をされるのか、私の油断でもうあっさりと殺されてしまうのかわからない。
誰かたすけて…!
「ち、ちょっと!さっさと逃げるのよ!?」
「いいからお前は黙ってろよ」
と、勇者の声がどんどん近づいて来てることに私は気付いた。
あれ?確か勇者はあのかなりの美人外国人さんに連れられて離れたんじゃなかったっけ…?
そう思っていると、いきなり私の視界からあのむさくてごつくて重くて気持ち悪くて汗くさいむさ苦しいおじさんが消えた、………と思ったら私のすぐ脇に倒れただけだった。
…なんか頭押さえて苦しそうな顔してるけど、自業自得だぁ!年頃の女の子を床に押さえ付けたんだから!
でもなんで急に倒れたんだろう?
言っとくけど心も体も人間で魔力技術が未熟な私には相手を倒すとか全く出来ない。
物が落ちた感じでもなかった。つまりこの部屋の誰かがこのおじさんを殴ったわけだから…。
「女のしかも子供相手に用心しすぎだろう、ベルガ」
「このっ…!何をするか貴様っ!!」
美人さんはドアのところで口を開けたまま固まってる。でも美人だからそれさえも綺麗に見えちゃうから羨ましい!
そして美人さんの腕の中にはさっきまで勇者の横で寝ていた子供。こんなにも大声や騒音でどたばたしているのに起きないなんてどんだけ寝入ってるんだろうか。
…で、気持ち悪かったおじさんはすぐ横で頭を押さえてるから、この人を殴ったのはただ一人。…一人の、絶対にありえないはずの人物。
なんで勇者が仲間を殴ったの……?
私を……助けた?いや、そんなはずはない。
だって私は魔王だし勇者もそれに気付いてる。
敵を助ける理由なんてない。
私がファグアラネルに来てから初めて人間に会ったとき、町の老若男女全ての人から疎まれた。
だから今回も嫌われるはずだから…。
私が呆然としてる間にも二人は会話を進めていく。
「魔王相手に女も子供も関係あるものかっ!相手は敵だ!勇者なのに何故庇う!?」
「庇ったわけじゃねえよ。それに勇者、勇者って……、勇者は必ず全部の敵を倒す義務なんてないだろうが。こいつが魔王?俺は今初めて知ったんだ。…俺はお前を助けたんだよ。その理由は三つ。一つは魔王相手に危機を感じた俺はお前を助けるためにお前を殴った。二つめは…」
「最後のは変だろうがっ!何故魔王じゃなくて俺を殴るっ!?」
「会話を遮るなよ。二つめは」
「質問に答えろ!」
「二つめは、会話の流れがめんどくさい方にいってたからお前を殴った」
「〜〜〜っ!!?」
顔を真っ赤っかにして怒りのあまりか声にならない叫び声をあげるベルガさん。
その時にしてようやく私は正気に戻った。
仲間割れしてるっ!い、いまのうちに、逃げないとっ!!
これ以上ここにいてもチャンスは絶対にこないだろうし、遅い私を心配してシャニアさんが迎えに来ちゃうかもしれない!
シャニアさんが来ちゃったら新たな魔の出現によって今度こそ、いやさっきよりもさらに殺気立っちゃうかもしれないよぉ!
し、集中……集中ぅ……。
「……えぃっ!」
神経集中で魔力をためてテレポートする。
今の私はかなり集中しないとどんな変な所に飛んで行っちゃうかわかんないから。
ともかく、勇者とその仲間は会話に夢中だから私の魔力集中には気付かなかったみたいで、おかげで私は無事にその場から逃げることが出来た。
…勇者は、きっとこのあと怒られることだろう。
勇者のアレは……、たぶん、気まぐれなのかも。
だって勇者は他の人に比べて、全く戦う様子をみせなかった。
それどころかめんどくさそうな顔してたし……。
うぅ……あんな顔しなくてもいいのに…。
もしかしたら勇者は今戦うのが嫌だっただけで、故意で私を助けたんじゃないのかも。
その理由はわかんないけど。
………たぶん、そうだよね。ううん、絶対そう!
私はこれからも『珠』をとるめにあの人に会うのかぁ…。
テレポートで移動するその数瞬の間、私の胸の中には倦怠感や恐怖とは違う別の想いがあることに、私は気付いてしまった。
「三つめはこの魔王が弱そうだからだ。なんかいつでも倒せそうじゃねえか」
彼が言ったこの言葉。その場に消えた魔王に聞けるはずもない。
この言葉が勇者のその場しのぎのために言った『嘘』とはいえ、あの時魔王がこの言葉を聞いていたら、きっとその気持ちは生まれなかったことだろう。