●黒の陰(7)
動けなかった。
動けるはずだと、何とも感じないと、あるいは誰かが助けてくれると。自分をどこか甘く、考えていたのかもしれない。
罵倒が、石が、侮蔑が、私をつんざく。
目の前のこの子にはそれを浴びせてはいけないからバリアをはった。
でも私はいけない。だって私が悪いから。
私は魔王。魔王は魔の者を統べる食物連鎖の頂点者。
村人が言うことは、多分私の部下にあたる魔の者たちがこの村の娘たちを襲ったのだろう。
もちろん私はそんなこと命じていない。…命じるわけがない。
でも実際にそれは起こってしまっている。つまりは私の管理不足。
…私が魔王らしくないから
私が人間だから
私が…悪に染まりきろうとしないから
大事なことは放任のシャニアさんにまかせっきりでいつまでも勇者から『玲心の珠』を盗りだそうとしないから…
だから、多くの魔の者は城でも外でも私を嫌う。
…シャニアさんはこうなるのをわかってて、あえて私を放任してたのかな?
他人任せな魔王様にわからせるために…
<…あぁ、そろそろかな?>
「え?」
今の、誰…?
「お、おい、勇者様だぞ!」
「勇者様なら私たちを救ってくださる!」
…勇者、様…
倒さなくちゃいけない
彼は敵だから。
私から『紅心の珠』を盗ろうとしている。
これ以上魔の者の好きにさせてはいけないから
彼らを護るためにも…
…でも、待って
もうちょっとだけ私に考えさせてっ
今はまだ、貴方と戦いたくない…
逃げるわけじゃない
ただ今は…
<…とりあえず、今この場を何とかしたらどうなの?>
…また。でも確かにその通り。
私は早く離れて一人で考えたい。
…魔の者のみんなに認められて、彼と戦わない方法を。
私は、離れてたたずむ勇者様の勇姿を心に焼き付けた。
だってあなたは私のこの世界で生きるための希望の存在だから。
「…今回は負けを認めます、勇者。さらばです!」
私はかっこよく逃げさるつもり、…だったけど、
この時忘れていたことがあった。
「えっ、えっ!?」
「ぁ…」
それは足元にいた子どもの存在。
しっかりと私の魔力に巻き込まれてました。
「ま、待ちやがれてめぇっ!」
「ぅ、…く、クリュウッ!」
そして目の前の二人。
というかなんで追ってくるの!?
そんなにまで『勇者の仲間+子ども=絶好の人質』が必要なの!?
…はい、もちろんその二人も道連れになりました。
なんだか余計なモノを巻き込みつつ、私はテレポートしてしまったのです。
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ちなみにその後、逃げた魔王へ悪態や勇者への賛美、今後のことなどで躍起になる村人たちの中で
「…負けを認める、って…。勇者はまだなんもしていないんだが……」
そう思う若者が一人いたことを誰も知らない。