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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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84話 雨宮澄人とは

遥が負けた日の夜。


奨励会の建物。


廊下は静かだ。


対局が終わり、ほとんどの棋士は帰っている。


一つの研究室だけ、灯りがついている。


中には一人。


雨宮澄人。


机の上に棋譜。


今日の対局。


水瀬遥 ●


雨宮はその棋譜をじっと見ている。


長い時間。


動かない。


そして小さく呟く。


「……やっぱり」


少しだけ笑う。


嬉しそうだ。


でも。


どこか寂しそうでもある。


机の横にはノートがある。


何冊も。


全部同じ名前。


水瀬遥。


雨宮は一冊開く。


びっしり文字。


・銀を前に出すのが好き

・終盤は安全より攻め

・自分の形を信じる

・迷うと呼吸が浅くなる


さらにページをめくる。


そこには局面図。


何十も。


雨宮はその一つを見て、指でなぞる。


「ここ」


静かな声。


「あなたは銀を打つ」


盤を取り出す。


駒を並べる。


パチ。


パチ。


再現。


あの日の局面。


遥が攻めに出る形。


雨宮は銀を持つ。


少し浮かせる。


そして。


置かない。


代わりに。


違う手を指す。


パチ。


銀の場所が消える。


遥の攻め筋が、消える。


雨宮はノートに書く。


・銀を殺す


部屋の床を見る。


棋譜の山。


全部。


水瀬遥。


研究会。


練習将棋。


公式戦。


百局以上。


雨宮はゆっくり言う。


「……強い」


その声は本気だ。


嘘じゃない。


むしろ。


尊敬している。


雨宮は遥の席に座る。


背中を少し丸める。


遥の姿勢。


トレース。


盤を見る。


そして呟く。


「あなたの将棋」


一拍。


「好きです」


少し笑う。


でも続ける。


「だから」


駒を動かす。


パチ。


「壊したかった」


静かな声。


怒りじゃない。


憎しみでもない。


ただの執着。


雨宮はノートを閉じる。


机の上の棋譜を見る。


今日の対局。


遥の名前。


指でなぞる。


「次は」


少し考える。


そして言う。


「負けるかもしれない」


でも。


その顔は楽しそうだ。


「あなたは今日、変わるから」


研究室の灯りはまだ消えない。


雨宮澄人。


彼は将棋が好きなのではない。


相手を読むことが好きだ。


三度の飯より。


研究が好き。


そして。


一人の相手を、


徹底的に壊すことに、


喜びを感じる。


今回の相手は。


水瀬遥。


そして。


彼はまだ知らない。


遥が、


この敗北から


どれだけ強くなるのかを。

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