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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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81話 孤立と強さ

数日後。


奨励会の研究室。


畳の上に将棋盤が並ぶ。


いつも通りの光景。


なのに。


空気が少し違う。


遥が入ってくると、

一瞬だけ会話が止まる。


……またか。


遥は気づかないふりをして席に座る。


棋譜並べを始める。


駒の音。


パチ。


パチ。


背後で小さな声。


「昨日の見た?」


「見た」


「二段のくせに」


「優勝候補倒したらしい」


笑い声。


小さいが、聞こえる。


遥の手が一瞬止まる。


また動かす。


パチ。


パチ。


聞こえないふり。


でも。


言葉は続く。


「最近さ」


「日向の真似やめたらしいで」


「それで勝ったとか」


「調子乗ってるんちゃう」


別の声。


少し低い。


「研究されるの知らんのやろ」


くすっと笑う音。


「次は無理やろな」


遥は盤面を見る。


桂馬を持つ。


置く。


パチ。


心は静かだった。


怒りはない。


悲しみもない。


ただ一つ。


理解している。


――浮いている。


高槻の言葉がよぎる。


「お前は浮いてる」


その通りだ。


日向の将棋でもない。


律の将棋でもない。


奨励会の“正しい将棋”でもない。


だから。


居場所がない。


その時。


誰かが盤を持って近づく。


「一局どう?」


遥が顔を上げる。


相手は同じ二段。


名前は


真鍋翔太。


堅実な棋風で有名。


崩れない。


遥は静かに頷く。


「お願いします」


駒が並ぶ。


周りの空気が少し変わる。


皆、ちらっと見る。


対局開始。


序盤。


真鍋は慎重に組む。


遥も普通に対応する。


静かな立ち上がり。


だが。


中盤に入った瞬間。


真鍋が仕掛ける。


鋭い。


研究している。


遥の前回の対局。


完全に研究されている。


銀交換。


角筋。


急所。


周囲がざわつく。


「もう研究されてる」


「早」


遥は盤面を見る。


確かに不利。


だが。


焦りはない。


むしろ。


少しだけ嬉しい。


――来た。


本気の将棋。


遥は手を止める。


少し考える。


日向ならどうする?


違う。


律なら?


違う。


自分なら。


遥は、ゆっくり歩を打つ。


パチ。


地味な手。


だが。


真鍋の眉が動く。


「……は?」


想定外。


読みがズレる。


遥の頭の中で盤面が広がる。


初めて。


完全に。


自分の将棋になっている。


周囲の声が消える。


盤だけがある。


真鍋が長考。


秒読み。


そして。


一手ミス。


遥の目が細くなる。


見逃さない。


銀を打つ。


パチ。


鋭い。


静かな一撃。


数手後。


真鍋の手が止まる。


そして。


盤に手を置く。


「……参りました」


周囲がざわつく。


「また勝った」


「嘘やろ」


「研究してたのに」


遥は一礼する。


立ち上がる。


誰とも目を合わせない。


でも。


後ろから声。


さっきの声。


「やっぱ浮いてるな」


笑い声。


でも。


今度は少し違う。


半分、驚き。


半分、恐れ。


遥は振り向かない。


廊下へ出る。


静かな廊下。


手首を見る。


ミサンガ。


まだ切れていない。


遥は小さく呟く。


「浮いたままでいい」


むしろ。


浮いているから見える。


盤面の広さ。


将棋の自由。


そして。


誰も真似できない手。


遥は歩き出す。


奨励会の廊下。


その背中を、


何人かが黙って見ていた。


彼らはまだ知らない。


浮いている駒が、


一番遠くまで飛ぶことを。

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