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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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80話 自分の将棋2

対局室を出る。


廊下の空気は少しだけ暖かい。


さっきまでの緊張が、ゆっくりほどけていく。


遥は深く息を吐く。


勝った。


それは確かだ。


でも。


喜びより先に、別の感情がある。


――まだ足りない。


その時。


会場の奥。


観戦スペースから笑い声が聞こえる。


少し大きい。


そして。


聞き覚えのある声。


「ははっ」


遥の足が止まる。


嫌な予感がする。


恐る恐る覗く。


そこにいた。


黒田律。


椅子に深く座り、脚を組んでいる。


片手には棋譜。


煙草はないが、吸っている時と同じ顔。


楽しそうだ。


遥は近づく。


律は気づいていない。


いや。


気づいているが、わざと見ていない。


棋譜を指で叩きながら笑う。


「この銀、ええなぁ」


遥の胸が跳ねる。


自分の棋譜だ。


律は続ける。


「日向の真似でもない」


もう一度笑う。


「俺の将棋でもない」


そして。


棋譜の最後のページを軽く叩く。


「ちゃんと、自分で考えとる」


遥は黙る。


律はそこでようやく顔を上げる。


目が合う。


一秒。


二秒。


律がニヤッと笑う。


「勝ったんやって?」


遥は少しだけムッとする。


「見てたんちゃうん」


「途中からな」


律は肩をすくめる。


「最初から見てたら寝てたわ」


遥が睨む。


律は楽しそうだ。


「でもな」


少しだけ真面目な顔になる。


「途中から、面白くなった」


遥は何も言わない。


律は棋譜を閉じる。


「ようやくやな」


「何が」


「お前の将棋」


静かな言葉。


遥の胸が少しだけ熱くなる。


律は立ち上がる。


背伸びをする。


「二段でこれなら」


少し考える。


それから笑う。


「三段リーグ来たら、地獄やな」


遥は少し笑う。


「脅してる?」


「事実や」


律は出口の方へ歩き出す。


途中で止まる。


振り返る。


「まあでも」


軽く手を振る。


「今日の将棋は好きやで」


遥が驚く。


律が誰かを褒めるのは珍しい。


律はそのまま歩きながら言う。


「次も浮いたまま行け」


そして。


ぼそっと付け加える。


「恒一も、そのうち来る」


遥の足が止まる。


「……え?」


律は振り向かない。


「止まるタイプちゃうやろ、あいつ」


廊下の奥に消えていく。


遥は立ち尽くす。


相川恒一。


渦間日向。


黒田律。


三人の名前。


そして。


自分。


遥は手首を見る。


ミサンガはまだ切れていない。


ゆっくり拳を握る。


「……まだや」


三段。


その先。


そして。


いつか。


あの三人と同じ場所で。


遥は静かに対局室へ戻る。


三段昇格戦。


まだ始まったばかりだ。


でも。


将棋界のどこかで、


三つの星が、


確実に近づいていた。

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