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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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78話 自分で指しきる

対局室。


畳の匂い。


秒読みの機械音。


対面には、三段常連の男。


堅い将棋を指すことで有名だ。

評価値通り。崩れない。


遥は一礼する。


――逃げない。


駒が進む。


序盤。


相手は研究通りに組んでくる。


遥も自然に対応する。


いつもの癖が出そうになる。


(日向なら、ここで角を引く)


一瞬、頭をよぎる。


止める。


違う。


今日は借り物じゃない。


自分で選ぶ。


角を引かない。


代わりに歩を突く。


小さい手。


観戦記者が首をかしげる。


地味。


でも。


この歩は、自分で考えた。


中盤。


相手が仕掛けてくる。


鋭い。


正確。


評価値は互角から、やや不利。


遥の喉が鳴る。


(失敗する)


高槻の声がよぎる。


“失敗できる奴のほうが、上に行く”


なら。


失敗してもいい。


攻める。


金を前に出す。


重い。


危ない。


でも、守りじゃない。


相手の眉がわずかに動く。


読み合い。


盤上に静かな嵐。


終盤。


形勢は拮抗。


一手違い。


ここで。


遥は、初めて盤面を広く見る。


勝ちたい、じゃない。


正しい手を指したい、でもない。


――これが自分の将棋だ。


そう思えた手。


銀を打つ。


派手じゃない。


でも、逃げ道を消す一手。


相手が長考。


秒読み。


焦り。


崩れ。


そして。


投了。


駒音が止まる。


遥は一瞬、理解できない。


勝った?


本当に?


盤を見つめる。


借り物の形じゃない。


日向の棋譜でもない。


律の粘りでもない。


自分の将棋だ。


胸が熱い。


でも。


泣かない。


ただ、深く一礼する。


対局室を出る。


廊下。


高槻が壁にもたれている。


目だけで聞く。


遥は何も言わず、手首を見せる。


ミサンガは、まだ切れていない。


高槻が笑う。


「切れへんほうがええな」


遥も、少しだけ笑う。


「まだ途中やからな」


遠くで次の対局の呼び出し。


三段昇格戦は、まだ続く。


でも。


今日。


遥は初めて、


浮いたまま、勝った。


物語は。


確実に、上へ動き始めている。

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