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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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77話 自分の将棋

奨励会の空気は、いつもより少し冷たい。


水瀬遥、二段。


最近、変だと言われる。


「最近、誰の将棋なん?」


「また変な構想してる」


浮いている。


格上と打ちすぎた。


恒一と。


律と。


その影響だ、と陰で言われる。


でも今日は違う。


今日は――最初から、自分でいく。


相手は三段・高槻。


四段昇段を目前に足踏みしている男。


冷静で、粘るタイプ。


序盤。


遥は深呼吸する。


いつもなら、日向の得意形に誘導する。


安定。


間違えない将棋。


でも今日は。


角道を止めない。


飛車先も突かない。


盤面に余白を残す。


高槻が一瞬だけ顔を上げる。


「……へえ」


研究外。


中盤。


形は不安定。


正直、良くはない。


でも。


“私が選んだ形”だ。


指が止まらない。


日向ならこうする、じゃない。


私はどうしたい。


その問いだけ。


終盤。


一瞬の分岐。


安全に受ければ持将棋濃厚。


だが。


遥は攻める。


盤をにらむ。


夢の中の自分を思い出す。


怖くない。


カチ。


最後の一手。


高槻の目が見開く。


長考。


五分。


十分。


そして――


「……負けました」


小さく頭を下げる。


遥の手が震える。


勝った。


完璧じゃない。


荒い。


でも。


全部、自分で考えた。


誰もなぞっていない。


奨励会の空気が少しざわつく。


「今日の水瀬、違くなかった?」


「なんか……別人」


遥は聞こえないふりをする。


心臓が速い。


怖さは消えていない。


でも。


逃げなかった。


それだけで、十分だった。



数日後。


その棋譜が、ある場所に届く。


渦間日向の部屋。


静か。


盤の前。


棋譜を並べる。


序盤。


「……荒いな」


小さく呟く。


中盤。


首をかしげる。


終盤。


止まる。


最後の一手。


盤上に再現する。


カチ。


沈黙。


長い。


日向の指が、ゆっくりと盤面をなぞる。


逃げの手はあった。


安全な道もあった。


でも、選んでいない。


「……そっち行くんや」


小さく、息を吐く。


笑っていない。


でも。


目がわずかに細くなる。


真似ではない。


あれは水瀬遥の手だ。


日向は盤を崩さない。


そのまま、もう一度並べ直す。


確認するように。


そして、ぽつり。


「楽しなってきたな」


それは誰に言ったのでもない。


でも確実に、


物語は一段上がった。


遥はまだ二段。


だが。


“二段の将棋”ではなくなった。


誰も気づいていない。


でも。


日向だけは知っている。


追いつくかもしれない。


あの子は、本気で来る。


そして遠く、


黒田律がどこかで笑っている気がする。


「やっと出してきたか」


まだ三つ巴には早い。


でも。


確実に近づいている。

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