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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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74話 三面の盤

奨励会の空気は、目に見えない。


でも確実にある。


水瀬遥は、それを肌で感じていた。


二段のくせに――


という視線。


恒一や律と指している、という噂。


「浮いてるよな、あいつ」


背中越しに聞こえる。


振り向かない。


振り向いたら、終わる。


遥は黙って盤を並べる。


今日の相手は――高槻。


三段。


四段昇段目前で、何度も弾かれている男。


年齢制限が近い。


目が冷たい。


感情を捨てた人間の目。


「よろしくお願いします」


「……」


返事は小さく、硬い。


対局が始まる。


高槻の将棋は、重い。


正確で、無駄がない。


遥の攻めを受け止め、削り、削り、削る。


どこかで見た。


――律。


いや、違う。


律は“遊び”がある。


高槻は、生き残るための将棋。


終盤。


遥は一瞬、日向の形をなぞりかける。


やめる。


違う。


これは、私の盤。


一手、踏み込む。


会場がわずかにざわつく。


高槻の眉が動く。


だが――


届かない。


最後は、丁寧に詰まされる。


負け。


高槻は静かに駒を並べ直す。


「……それ、誰の将棋だ」


遥の手が止まる。


「真似してるうちは、上には来れない」


淡々と。


怒りも、侮蔑もない。


事実だけ。


「俺は、ここで止まってる」


目が合う。


「お前は、止まるな」


そう言って、高槻は立ち上がった。


門番の背中。


遥は、動けない。



夜。


布団に入る。


眠れない。


盤を出す。


今日の棋譜を並べる。


最後の一手。


打てなかった一手。


手が止まる。


「……」


そのまま、横になる。


意識が沈む。



夢。


対局室。


静かすぎる。


盤がある。


でも、ひとつじゃない。


三面。


正面に――相川恒一。


無表情。


静か。


右に――黒田律。


煙の匂い。


笑っている。


左は空席。


なのに、視線を感じる。


秒読みが鳴る。


「十、九、八――」


同時に三人の手が動く。


駒が増える。


盤が重なる。


三つの局面が一つになる。


遥は動けない。


恒一が言う。


「本当の将棋で来い」


静かに。


律が笑う。


「コピーは壊せ」


駒が崩れる。


盤が傾く。


観客席を見る。


そこに高槻がいる。


無言で見ている。


門番の目。


秒読みが速くなる。


「三、二、一――」


遥の手に、最後の一手。


重い。


でも、震えない。


打とうとした瞬間――


世界が白くなる。



目が覚める。


暗い天井。


心臓が速い。


手が汗で濡れている。


遥は、ゆっくり起き上がる。


机の上の盤を見る。


さっきの夢の局面が、頭に残っている。


三面の盤。


三つの影。


高槻の視線。


遥は小さく言う。


「……戦う」


誰にも聞こえない。


でも確かに、決めた。


真似じゃない。


コピーじゃない。


弟子でもない。


最後の一手は、


私のものにする。


窓の外が、少し明るくなっている。


夜が終わる。


浮いている。


孤立している。


それでもいい。


ここからだ。

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