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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
最後の一手は、私のもの

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72話 楽しくない

奨励会の対局室は、相変わらず息苦しい。


静かすぎる空間。


駒の音だけが、やけに大きい。


カチ。


水瀬遥は盤面を睨む。


(また、これや)


角交換からの展開。

形は悪くない。むしろ研究通り。


でも。


最後に指す手が、分からない。


いや、分からないんじゃない。


――決めきれない。


数分後。


「まで」


対面の三段が、短く言う。


遥は頭を下げた。


負け。


また、終盤。


また、最後の一手。


廊下に出ると、数人の奨励会員がひそひそと話している。


「また日向型やったな」

「完成度は高いけどな」

「でも、なんか…コピー感あるよな」


聞こえている。


全部。


遥は無視して歩く。


(コピーで何が悪いねん)


自分に言い聞かせる。


でも胸の奥がざわつく。


外に出ると、夕方。


スマホが震える。


【恒一:今日空いてるか】


短い。


素っ気ない。


でも逃げ道を作らない文面。


遥は少し迷ってから返信する。


【空いてる】


三十分後。


将棋会館の片隅。


相川恒一は既に盤の前に座っていた。


「お疲れ」


柔らかい声。


以前より、さらに柔らかい。


遥は座る。


「聞いたで。今日負けたんやろ」


「……早いな」


「界隈、狭いからな」


苦笑。


盤を挟んで向き合う。


「一局、頼む」


「うち、二段やで」


「知ってる」


「八段が?」


「関係ない」


恒一は真っ直ぐ見る。


「条件がある」


遥が眉を上げる。


「今日は、渦間日向の将棋をやるな」


胸が小さく跳ねる。


「……」


「お前の将棋をやれ」


静かに言う。


「真似してもええ。でも最後だけは、自分で決めろ」


遥は目を逸らす。


「無理や」


即答。


「なんで」


「うち、まだ分からんもん。自分の将棋」


恒一は少し笑う。


「分からんままでいい」


「は?」


「分からんまま、指せ」


意味が分からない。


でも。


どこかで、刺さる。


対局が始まる。


序盤は自然に日向の形になる。


遥の手は覚えている。


研究もしている。


だが中盤。


恒一があえて踏み込んでくる。


「ほら」


とでも言うように。


形が崩れる。


研究外。


「……くそ」


遥は深呼吸する。


日向ならどう指す。


違う。


それを考えた瞬間、止まる。


(うちなら、どうや)


初めて、その問いが出る。


数分。


駒を持つ。


打つ。


その一手は、整っていない。


荒い。


でも。


自分で選んだ。


恒一の目が、わずかに細くなる。


終局。


「負けました」


遥が言う。


でも顔は、いつもより少しだけ違う。


恒一が駒を片付けながら言う。


「今日の終盤、よかった」


「負けたのに?」


「関係ない」


一拍。


「最後の三手、お前やった」


遥は黙る。


胸が熱い。


楽しくは、ない。


でも。


ほんの少し。


「……悔しい」


恒一は笑う。


「それでいい」


そこへ、扉が開く。


「おー、やってるやん」


黒田律。


煙草の匂い。


「二段が八段とやってんの、また噂になるぞ」


「もうなってるやろ」


恒一が言う。


律は盤を見る。


「ほーん」


少し黙る。


そしてニヤつく。


「コピーやけど、最後だけ暴れとるな」


遥が顔を赤くする。


「うるさい」


律は笑う。


「ええやん。ようやく壊れ始めた」


壊れる。


その言葉に、なぜか安心する。


外では、夕焼けが濃くなっている。


遥はふと呟く。


「……うち、まだ楽しくない」


恒一も律も、否定しない。


律が言う。


「ほな、まだ入口や」


静かに。


「楽しくなるのは、もっと先や」


遥は拳を握る。


その目は、少しだけ変わっていた。


まだ二段。


でも。


物語はもう、動き出している。

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