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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
新しい風

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65話 恒一本物の化け物に?

律は壁にもたれかかっていた。


終局後の静かな廊下。


煙草は吸っていない。


今日は、吸う気にならない。


盤の中に、まだ熱が残っている。


恒一。


あいつは、削られた。


削られたはずだった。


なのに。


律は小さく笑う。


「……ああ、そう来るか」


対局中、違和感があった。


いつもの恒一じゃない。


鋭さが少し丸くなっていた。


なのに――


深さは増していた。


無駄が減ったのではない。


恐れが減ったのだ。


律は思い出す。


あの局面。


普通なら最善を追う。


読み切れる範囲で安全にまとめる。


だが恒一は、


少し曖昧な一手を選んだ。


理屈ではなく、感覚で。


それが結果的に、

じわじわとこちらを締め上げた。


逆転の一手ではない。


積み重ね。


削り合いの中で、最後に立っていた。


律は肩を震わせる。


「はは……」


静かな廊下に、小さな笑い。


「やりやがったな」


削ったつもりだった。


余裕を。


自信を。


完成形を。


だが違った。


あれは壊れていない。


壊して、作り直している。


律は天井を見る。


「本当の化け物、作っちまったかもな」


口元が歪む。


楽しそうに。


悔しそうに。


誇らしそうに。


足音。


振り向くと日向がいる。


無言。


律はニヤついたまま言う。


「気づいてたか?」


日向は短く答える。


「うん」


「戻ったな」


「いや」


律は首を振る。


「戻ってない」


少し間。


「進化してる」


日向の目がわずかに細くなる。


律は続ける。


「天才がな、一回自分を疑ったんだ」


「で、また好きになりやがった」


「それが一番厄介だ」


壁から背を離す。


煙草を取り出すが、火はつけない。


「勝つための将棋じゃなくて」


「将棋そのものを楽しむ将棋」


「それで勝ち始めたら、止まらんぞ」


日向は静かに言う。


「止める?」


律は笑う。


「止める?」


首を傾ける。


「なんでだよ」


そして、ようやく火をつける。


煙がゆっくり上がる。


「面白くなってきただろ」


煙を吐く。


「天才君が、本気で遊び始めた」


その目は、戦う者の目だ。


恐れていない。


むしろ、歓迎している。


「来いよ、恒一」


小さく呟く。


「どこまで化けるか見せてみろ」


煙が天井に消える。


物語の温度が、少し上がる。

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