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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
新しい風

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63話 初めて弱さを見せる

研究会の部屋。


午前の光。


盤はまだ並んでいない。


先に来ていたのは日向だった。


棋譜をめくっている。


足音。


振り向かない。


「おはよう」


恒一の声。


いつも通り。


だが、少しだけ低い。


「……昨日、負けたな」


日向は言う。


淡々と。


恒一は笑う。


「早いな、情報」


「界隈は狭い」


沈黙。


恒一は椅子に座る。


駒を袋から出さない。


珍しい。


日向はそれに気づく。


「どうした」


恒一は少し考えてから言う。


「スランプかもしれない」


日向の手が止まる。


恒一が自分からそんな言葉を使うのは初めてだ。


「どこが」


「勝ち方が、分からなくなった」


日向はじっと見る。


恒一は続ける。


「昨日、優勢だった」


「でも削られた」


「駒じゃない。余裕と、自信」


日向の目が細くなる。


「律か」


「うん」


恒一は小さく笑う。


「将棋の楽しさを教えてもらった」


その言い方に、日向は少し驚く。


負けた相手に対して出る言葉ではない。


「楽しさ?」


「削られる感覚が面白かった」


日向は黙る。


理解できる。


だが簡単ではない。


恒一は机に肘をつく。


「俺、勝つ将棋ばかりしてた」


「崩しにいく将棋」


「でも律は違う」


盤を見ないまま言う。


「壊さない」


「削る」


「相手に攻めさせて、精度を問う」


「余裕がなくなった瞬間に、静かに刺す」


日向は頷く。


「受け身じゃないな」


「うん。受けを武器にしてる」


恒一はようやく駒袋を開ける。


「お前、当たるだろ」


「近いうちにな」


「気をつけろ」


日向は微かに笑う。


「俺にアドバイスか」


「珍しいだろ」


恒一も笑う。


だがその笑いは少しだけ柔らかい。


「律はな」


駒を並べながら続ける。


「自分が削られることを怖がらない」


「だからこっちの焦りが浮く」


「焦った方が負ける」


日向は静かに聞く。


「勝ち急ぐな」


「優勢でも急ぐな」


「余裕がある顔をしてる時ほど、削られてる」


少し間。


恒一が小さく言う。


「俺は昨日、それをやった」


日向は盤を見つめる。


「それでスランプか」


恒一は首を横に振る。


「違う」


「勝ち方が分からないんじゃない」


「勝つことだけを考えてた自分が、ちょっと嫌になった」


日向の目がわずかに動く。


恒一が、そんなことを言うとは。


「楽しさを忘れたくない」


「でも勝ちたい」


「両立って、むずいな」


日向は静かに駒を持つ。


「俺はまだ楽しめてない」


「これからだ」


恒一は目を向ける。


日向は続ける。


「律との対局、楽しみだ」


その言葉に、恒一は少しだけ安心する。


「削られるぞ」


「削られてもいい」


日向は言う。


「壊されなければ」


恒一は笑う。


「壊れた方が強くなるかもな」


日向は首を振る。


「壊れすぎると戻らない」


その一言が、重い。


二人は向かい合う。


盤が完成する。


恒一が言う。


「俺、今ちょっと弱い」


はっきりと。


初めて、認めた。


日向は駒を打つ。


「なら、今が一番伸びる」


パチン。


音が静かに響く。


恒一の目が、少しだけ戻る。

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