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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
第一章 ライバル

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5話 静かな欲

終局図は、あまりにも穏やかだった。


 駒は散らばらず、玉は詰まず、ただ、これ以上指せない形で止まっている。

 相手の七段棋士が、盤を見つめたまま動かない。


 「……負けました」


 その言葉で、対局は終わった。


 相川恒一は、小さく一礼した。

 表情は、対局前とほとんど変わらない。


 控室に戻る途中、何人かの視線を感じた。

 驚きでも、称賛でもない。

 ――判断に迷う視線だ。


 「あの将棋で、勝つのか」


 誰かが、そう呟いた。


 恒一は聞こえなかったふりをした。


 今日の将棋は、派手さがなかった。

 攻め急がず、無理をせず、相手が指しやすい形を残し続けた。


 勝ちに行ったというより、負けない場所に居続けた。


 終盤、相手が踏み込んだ瞬間だけ、わずかに形が歪んだ。

 恒一はそこに、静かに指を置いただけだった。


 それだけで、流れは戻らなかった。


 感想戦でも、恒一は多くを語らない。


 「ここは?」


 「受けました」


 「攻めなかった理由は?」


 「その必要がなかったので」


 相手は何度か盤を見返し、やがて首を振った。


 「……いや、参りました」


 恒一は軽く頭を下げた。


 廊下に出ると、掲示板に戦績が貼り出されていた。

 四勝一敗。

 数字だけを見れば、確実に“調子がいい”。


 恒一は、足を止めなかった。


 勝率を意識することはない。

 連勝も、連敗も、同じ一局の積み重ねだ。


 だが――


 心の奥で、確かに思っている。


 負けたくない。


 誰よりも。


 タイトルが欲しい。

 名前を残したい。

 この世界で、消えない形を手に入れたい。


 それを口に出すことはない。

 顔にも出さない。


 欲は、表に出した瞬間に歪む。

 だから、盤の下に沈める。


 相手が欲を見せた時、

 それを受け止め、飲み込み、最後に残る。


 控室の片隅で、恒一は次の対局表を見た。


 強豪の名前が並んでいる。


 胸は、静かだった。


 ――まだ足りない。


 その感覚だけが、確かだった。

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