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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
新しい風

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54話 初対局

駒が並ぶ。


礼。


開始。


恒一の指は迷いがない。


初手から構想がはっきりしている。


角道を止めず、積極的に主導権を握る布陣。


律は受ける。


攻めない。


ただ形を整える。


中盤。


恒一が仕掛ける。


飛車先交換。


桂の活用。


一気に圧力。


解説席がわずかに沸く。


「これは相川八段がうまくまとめそうです」


実際、形勢は恒一良し。


律の陣は低い。


駒は窮屈。


恒一の指は速い。


読みが深い。


正確。


律は長考しない。


一手一手、呼吸のように指す。


強くはない。


ただ、損をしない。


角を打たれても受ける。


端を詰められても受ける。


反撃しない。


崩れない。


恒一が少しずつ駒得する。


桂を取る。


歩が手に入る。


評価値は上がる。


観る者の多くが思う。


――順当だ。


だが。


恒一の指が、わずかに止まる。


律の陣が崩れていない。


傷はある。


だが広がらない。


律は一枚ずつ駒を足す。


金を寄る。


歩を打つ。


角を引く。


地味。


しかし隙が消える。


恒一は攻めを継続する。


だが一手ごとに、わずかに精度が要求される。


少しでも緩めば、切れる。


そしてその“少し”が増えていく。


終盤に近づく。


恒一が攻め急ぐ。


詰み筋が見える。


だが深い。


一手足りない。


その一手を作ろうとする。


律はそれを読んでいる。


受ける。


攻めを催促するように。


派手な逆転はない。


ただ、


歩を打たされる。


金がずれる。


飛車が一マス重くなる。


ほんのわずかずつ。


恒一の陣に、隙ができる。


律は踏み込まない。


焦らない。


攻め返さない。


王の周りを一枚厚くする。


恒一の攻めが、細くなる。


気づけば、


攻守が入れ替わっているわけではない。


ただ――


恒一の攻めが、足りない。


律が、足りなくさせた。


終盤。


恒一が王手をかける。


詰まない。


受けられる。


次の王手。


詰まない。


また受けられる。


律の手は速くない。


だが迷いがない。


削られているのは、駒ではない。


時間でもない。


自信だ。


恒一が初めて長く考える。


盤を見つめる。


完璧だったはずの攻めが、完璧でなくなっている。


律が静かに歩を打つ。


何の変哲もない手。


だがそれで、


恒一の攻めが完全に切れる。


次の瞬間、


律の飛車が成る。


遅い。


だが止められない。


恒一は受ける。


受ける。


受ける。


だが一枚足りない。


最後は詰みではない。


受けなし。


恒一の手が止まる。


長い沈黙。


盤面を読む。


最後まで読む。


そして、


「……負けました」


声は静か。


観客席がざわつく。


劇的な一手はなかった。


派手な逆転もない。


だが、


確実に削られた。


律は礼をする。


顔は変わらない。


ただ一言。


「ちりも積もれば、だ」


恒一は顔を上げる。


悔しさよりも、理解がある。


これは事故ではない。


完敗でもない。


だが、負けだ。


律は立ち上がる。


煙草は吸わない。


今日は必要ない。


夢中で指しただけだ。


そして気づく。


黒田律は、逆転の天才ではない。


削り取る怪物だ。

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