48話 渦間日向復帰
数日後。
小さな囲み取材。
復帰は、誰かが漏らしたのだろう。
会場の隅に、数人の記者。
フラッシュはない。
だが視線は鋭い。
日向は、静かに座っている。
派手さはない。
スーツも地味だ。
だが名前が、空気を変える。
「渦間日向六段、本日より公式戦復帰となります」
協会の職員が淡々と告げる。
一瞬のざわめき。
質問が飛ぶ。
「復帰の理由は?」
「タイトル再挑戦ですか?」
「相川恒一八段との再戦は意識していますか?」
渦間は少しだけ視線を落とす。
考えているようで、実は整理している。
やめられないだけだ。
佐伯の声がよぎる。
「理由はありません」
短い。
記者が一瞬止まる。
「ただ、まだ終わっていなかったので」
それ以上は言わない。
誰も“楽しいから”とは聞かなかった。
復帰戦は、一次予選。
地味な会場。
観客も少ない。
だがネット中継の視聴数は跳ね上がる。
画面のテロップ。
【速報】
渦間日向六段、公式戦復帰
タイトル戦予選出場
対局開始。
初手。
歩。
昔と変わらない。
だが、どこか柔らかい。
受けに回らない。
無理もしない。
相手が戸惑う。
“重い渦間”を想定していた。
だが今日は違う。
中盤、難解な局面。
かつてなら踏み込んでいた。
今日は一度、深く息を吐く。
そして、自然な手。
派手さはない。
だが崩れない。
終盤。
詰みまで一直線。
会場は静か。
最後の一手。
カチ。
勝ち。
渦間日向、復帰戦勝利。
観客席の誰かが、小さく息を漏らす。
本人は立ち上がらない。
駒をゆっくり箱に戻す。
感情は表に出ない。
だが、指先の震えはない。
翌朝。
新聞。
将棋欄は小さい。
だが見出しは太い。
【渦間日向、復帰白星】
沈黙破り、静かな一歩
昨年将棋界から距離を置いていた渦間日向九段が、タイトル戦予選で復帰初戦を飾った。
派手な攻めは見られなかったが、安定した終盤力で若手棋士を下した。
対局後、復帰理由を問われると
「まだ終わっていなかったので」
と短く答えた。
今後の相川恒一八段との再戦については明言を避けたが、
将棋界に再び大きな渦が生まれたことは間違いない。
別紙、ネット記事。
《相川恒一はどう見るか?》
コメントはまだ出ていない。
だが、ファンの間では一つの言葉が飛び交っている。
――また交わる。
夜。
日向は新聞を畳む。
特別な感情はない。
だが、逃げ場はなくなった。
静かに呟く。
「始まったか」
遠く。
どこか別の場所で、
恒一も同じ紙面を見ている。




