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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
第四章 虚しさと物足りなさ

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47話 渦間日向将棋界に戻る

道場を出たあとも、日向の中で何かが決まったわけではなかった。


佐伯は何も引き留めなかった。

背中を押しもしなかった。


ただ一局、静かに指しただけ。


あの時間は、重くも軽くもなかった。


だからこそ、余計に残った。


「やめられないだけだ」


その言葉が、夜道で何度も反響する。


やめられない。


誇りでもない。

使命でもない。

ただの性分。


それが嫌で、距離を取ったはずなのに。


数日後。


小さな市民大会。


偶然を装うには、少し無理がある。


日向は会場の端に立っていた。


視線の先。


華奢な体。


落ち着きのない足。


遥。


対局中だ。


相手の攻めを真正面から受け、

形を崩しながらも前に出る。


危なっかしい。


だが、引かない。


終盤、読みを外し、逆転負け。


「くそー!」


大きな声。


だが涙はない。


すぐに切り替えようとする。


その姿が、痛いほど昔に似ていた。


日向は帰ろうとする。


だが、足が止まる。


遥がこちらに気づく。


顔がぱっと明るくなる。


「また来た!」


逃げ場がない。


「一局、お願いします!」


迷いがない。


まっすぐだ。


日向は数秒黙る。


ここで断れば、たぶん楽だ。


今の距離を保てる。


だが、座ってしまう。


盤を挟む。


今度は、最初から本気でいく。


受けない。

泳がせない。

甘やかさない。


序盤から圧力をかける。


遥は食らいつく。


苦しい形でも、笑う。


「まだいける!」


その一言に、胸がざわつく。


――まだいける。


誰に向けた言葉だ。


終盤。


日向が優勢。


だが一瞬、緩む。


遥が踏み込む。


攻めの速度が、想像より速い。


日向は受ける。


読み切る。


ぎりぎりでかわす。


そして詰ませる。


静かな決着。


遥は盤を見つめる。


悔しそうに、でも楽しそうに。


「強いなあ」


心からの声。


言い訳もない。


羨望だけ。


日向は言葉を失う。


この目を、自分は捨てたのか。


勝つために、削ったのか。


「なんで将棋やめたの?」


不意に問われる。


日向は答えない。


遥は続ける。


「楽しいのに」


その一言が、刺さる。


楽しい。


自分は、いつからその言葉を使わなくなった。


タイトルを狙う。

無我を目指す。

負けられない。


その先に、楽しさはあったか。


遥は立ち上がる。


「次は勝つからね」


当たり前の未来を口にする。


その姿を見て、日向は理解する。


自分はまだ、終わっていない。


勝ちたいからでもない。


タイトルのためでもない。


この純粋さを、壊さないために。


そして、壊した自分を取り戻すために。


会場の外。


掲示板に貼られたタイトル戦予選の案内。


日向は足を止める。


迷いは、まだある。


だが、逃げる理由がなくなった。


ペンを取る。


名前を書く。


渦間日向。


震えは、前より小さい。


書き終えたあと、深く息を吐く。


遠くで遥の笑い声が聞こえる。


将棋は、楽しい。


その言葉を、まだ信じきれない。


それでも。


渦間日向は、将棋界に戻る。


今度は、逃げないために。

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