表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
第四章 虚しさと物足りなさ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/45

44話 攻めも大事だが守りも大事

中学生は小さくうなずき、盤に向き直った。

 指先が、ほんの少しだけ震えている。


 初手。

 歩を一つ。


 日向はそれを見て、すぐには返さない。盤全体を眺める。駒の配置というより、呼吸の速さを読むように。


 ――早い。


 悪くない。だが、急いでいる。


 日向は、角道を開けた。


 中学生の目が一瞬だけ大きくなる。

 攻め筋が、はっきりと見えたのだろう。


 数手進む。

 日向は受けない。かわすだけ。

 取れる駒を、あえて取らない。


 中学生は少しずつ前に出る。飛車も、角も。

 盤の中央に熱が集まっていく。


 ――いい。


 日向は心の中で、そう思った。


 攻めたい気持ちが、そのまま指に出ている。

 形よりも、前へ。


 中学生は一度、日向の手元を見る。

 何もない。眉も動かない。


 なら、と。


 角が、前に出た。


 成れる位置。

 視界に「成」の二文字が浮かぶ。


 一拍。


 駒が、裏返る。


 カン、という乾いた音が、静まりかけた会場に残った。


 中学生の口元が、わずかに緩む。

 うまくいっている。そう思ったのが、伝わってくる。


 日向は、すぐには指さない。


 盤を見ている。

 今の盤面全体を、静かに。


 それから、飛車を滑らせた。


 成った角の、すぐ横。


 中学生の表情が変わる。

 初めて、時間が止まる。


 数秒。

 そして、角が取られる。


 成ったまま。

 盤から消える。


 中学生は唇を噛んだ。

 だが、泣かない。駒を見つめている。


 そこから先は、早かった。

 形勢は静かに傾き、やがて詰む。


 日向は王手をかけない。

 詰みの形が、自然に盤に残ったところで、手を止めた。


 中学生が、気づく。


 盤を見る。

 もう一度、見る。


 そして、頭を下げた。


「……負けました」


 日向は、うなずくだけだった。


 駒を片付ける。

 一枚ずつ、裏返して箱に戻す。


 最後の駒を入れ終えてから、日向は顔を上げた。


「対戦ありがとう」


 それだけだった。


 中学生は一瞬きょとんとして、それから、深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


 日向は立ち上がる。

 盤から一歩、離れる。


 駒に未練はない。

 教えたという実感も、ない。


 ただ、一局が終わった。


 将棋は、今日もどこかで続いていく。

 自分がいなくても。


 日向は会場を出る。

 夜の空気が、肺に入る。


 悪くなかった。


 本当に、それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ