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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
第四章 虚しさと物足りなさ

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43話 負け方の選択

対局が終わり、会場の空気が少しずつほどけていく。

駒を箱に戻す音、椅子を引く音、親に呼ばれて立ち上がる声。


日向は、まだ壁際に立っていた。


「……帰るか」


そう言いながら、足は動かない。

あの一局。あの一手。

忘れようと思えば忘れられる。今日ここで見なかったことにもできる。


――それでも。


あの中学生は、一人で盤を見ていた。

もう終わったはずの対局。誰もいない盤面を、もう一度なぞるように。


日向は視線を落とした。

声をかける理由なんて、どこにもない。

師匠でもない。関係者でもない。ただの通りすがりだ。


「……余計なことだよな」


独り言が、喉の奥で消える。

それでも、気づけば一歩、近づいていた。


もう一歩。

あと一歩で、引き返せなくなる。


「――あの」


声が出た瞬間、少し遅れたと思った。

でも、その子はすぐに顔を上げた。


「はい?」


驚きはあるが、警戒はない。

日向は一瞬、言葉を探した。


「さっきの将棋、見てたんだけど」


それだけ言って、間が空く。

名前も、肩書きも、続かない。


「……最後の一手、嫌いじゃなかった」


その子は、少し目を丸くした。

褒められたのか、そうでないのか、判断がつかない顔。


「負けましたけど」


「うん。負ける手だった」


即答すると、少し笑われた。


「じゃあ、ダメですよね」


「いや」


日向は首を振る。


「負け方を選んだって感じがした。それが、たまに大事なんだ」


意味が伝わったかどうかは、わからない。

それでも、その子は黙って盤に目を落とした。


日向は、少しだけ迷ってから言った。


「……よかったら、一局だけやらない?」


その子が顔を上げる。


「え?」


「指導とかじゃない。」


少し間を置いて、続ける。


「ただ、一局。勝っても負けても、それで終わり」


沈黙。

周りでは、もう片付けが始まっている。


「……いいんですか?」


「うん。一局だけ」


その子は、少し考えてから、小さくうなずいた。


「お願いします」


日向は、盤の前に座った。

駒に触れるのは、久しぶりだった。


不思議と、懐かしさはない。

ただ、戻ってきたという感じもしなかった。


「じゃあ……」


日向は、息を整える。


将棋は、また別の場所で、静かに始まろうとしていた。

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