表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
第四章 虚しさと物足りなさ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/49

41話 何かが抜け落ちた一日

朝、目が覚めた瞬間に思った。

――早いな。


時計を見ると、まだ鳴る前だった。鳴る前に起きること自体は珍しくない。それでも今日は、起きてしまった、という感覚の方が強かった。


「……もう起きるか」


声に出すと、部屋に吸い込まれていく。返事はない。それを確認するために喋ったわけでもないのに、少しだけ間が空いた。


顔を洗う。冷たい水が頬を打つ。

「冷た……」

思ったより声が出た。独り言が多くなっていることに、あとから気づく。


コーヒーを淹れる。豆を挽く音がやけに長く感じられる。

「こんな音、前からしてたっけ」

誰に聞くでもなく呟く。もちろん答えはない。だが、答えがなくても構わなかった。


テーブルの前に座る。

何も置いていないはずなのに、視線が自然と一点に集まる。


「……ああ、そうか」


何が、とは言わない。言葉にすると形がはっきりしすぎる気がして、そのまま飲み込んだ。


気づけばカップは空になっている。

時間を見て、少し驚く。


「もう?」


時計は間違っていない。

時間だけが、勝手に先に行っている。


外に出る。風が思ったより強い。

「走るほどじゃないか」

そう言いながら、足は自然と速くなる。


呼吸が整う前に、身体が動き出す。

「……悪くない」


走りながら、意味のない言葉が口をついて出る。

「今なら、誰にも会わないな」

「会っても、別にいいけど」


どちらも本音だった。


信号で止まる。

大型スクリーンが切り替わる音がして、無意識に顔を上げる。文字が流れた気がした。


「……ふーん」


それ以上、見ない。

見なかったことにしたわけでもない。ただ、続きを受け取る準備ができていなかった。


喫茶店に入る。

ドアベルが鳴り、店員が顔を上げる。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


返事が少し遅れた。

メニューを見るが、決め手がない。


「今日は、これでいいか」


指差したものは、普段頼まないものだった。

それだけで、少しだけ今日は違う気がした。


運ばれてきたカップを見て、ひとりごちる。

「普通だな」

飲んでから、

「でも、悪くない」


この「悪くない」が何度も出てくることに、また気づく。


窓の外を眺める。

人が通り過ぎていく。


「ああやって、急いでるんだろうな」

「俺は……急いでない、はずだけど」


“はず”が付くのが、自分でも気になった。


時計を見る。

「……もうこんな時間?」


昼が、ほとんど記憶に残らないまま終わっていた。


家に戻る。

靴を脱ぎながら呟く。


「今日、何したっけ」


思い出そうとして、やめる。

思い出せないほど何もしていないのに、疲れている。


部屋の灯りをつける。

「広いな」


前から変わっていない。

変わっていないはずなのに、空白が増えた気がした。


夜になる。

何かを始めようとして、結局何もしない。


「……一日、早すぎるだろ」


誰に向けた文句でもない。

ただ、置いていかれた感覚だけが残る。


それでも、不思議と嫌ではなかった。


「満足じゃないけどさ」

「悪くは、ないんだよな」


そう言って、電気を消す。

今日も一日は成立していた。


何かが確実に抜け落ちている。

だが、その正体を探すほど、今は困っていなかった。


――悪くない。

それだけが、今日をまとめる唯一の言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ