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蒐集家という名の棋士について  作者: 夜明けの語り手
第三章 違う方向へ

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35話 区切りの予感

「あの同門公式戦から一年――恒一、頂点目前」


見出しは淡々としていた。

煽りも、断定もない。ただ事実を並べただけの記事が、かえって重く感じられる。


恒一はスマートフォンを伏せ、盤の前に座った。

タイトル戦。

その言葉は、もう遠い夢ではない。だが胸は高鳴らなかった。


外では、世界が勝手に意味を与えている。

静かに勝つ棋士。

評価値の外で指す男。

そして、必ず添えられる――あの同門公式戦。


「再戦は?」


取材で、避けられなかった問い。

恒一は答えなかった。

正確には、答えがもう必要ないと思った。


同じ頃、別の場所で、日向もその記事を読んでいた。


「頂点目前、か……」


笑うほどではない。

悔しさも、驚きもない。

ただ、確かめるように画面を閉じる。


あの局は、終わった。

だが、終わったままでは、次へ行けないことも知っている。


その夜、短いニュースが流れた。


同門公式戦、再戦決定。


理由は語られない。

必要だから、そうなっただけだ。


周囲は色めき立った。

因縁、宿命、決着――言葉だけが先に走る。


だが、本人たちは静かだった。


恒一は盤を並べながら思う。

勝つためではない。

証明のためでもない。


「区切りだな」


それは独り言だった。


一方、日向は夜の空気を吸いながら、少しだけ歩いた。

将棋から、ほんの一歩だけ離れる。


盤の外に出てみて、初めて分かることがある。

戻る場所が、まだ自分の中にあるかどうか。


再戦は、始まりではない。

終わらせるための対局だ。


二人は、違う方向を向いている。

だからこそ、一度だけ、同じ盤に戻る。


その対局で、何かが決まるわけではない。

ただ、何を置いていくのかが、はっきりするだけだ。


王手の音は、まだ鳴らない。

だが、盤はもう、それを知っている。


――この再戦は、

二人が別々に前へ進むための、静かな交差点なのだ。

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