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蒐集家という名の棋士について  作者: 夜明けの語り手
第三章 違う方向へ

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34話 鏡に映る俺たち

控室の鏡は、いつもより近くにあった。


恒一はネクタイを結び直し、鏡の中の自分を見る。

そこに映っているのは、肩書きをいくつも背負った棋士の顔だった。段位、実績、次の挑戦者――そういうものが、表情の奥にうっすらと貼り付いている。


けれど、目だけは違った。

鏡の中の目は、どこか遠くを見ている。


「……まだだな」


声に出しても、意味は変わらない。

覚醒した、などという感覚はない。

ただ、置いてきたものが少しずつ減っている気がするだけだ。


廊下の向こうから、足音が聞こえた。

一定のリズム。速すぎず、遅すぎず。


恒一は振り返らない。

それでも分かる。


――日向だ。


同じ建物にいる。

それだけで、盤面が一段、深くなる。


一年前。

同門公式戦の最後の局面を、恒一は何度も思い返した。

王手、王手。

追い詰めていたのか、追い詰められていたのか、今でもはっきりしない。


決着はついた。

だが、勝敗だけが取り残された。


日向は、あの局から出ていない。

恒一は、出たつもりで、まだ振り返っている。


それが、鏡に映る自分の正体だった。


「恒一先生、準備よろしいですか」


スタッフの声に、恒一は小さくうなずく。

盤のある部屋へ向かう途中、ふとガラス張りの壁に映る影が二つ、重なった。


一瞬だけ、歩調が同じになる。


ガラスに映った二人は、よく似ていた。

年齢も、立場も、選んだ道も違うのに、

同じものを捨てようとしている顔をしていた。


日向が足を止める。

恒一も止まる。


言葉は交わさない。

視線も合わせない。


それでも、互いに分かっていた。


――今日は、まだ答えは出ない。

――だが、鏡はもう歪まない。


恒一は一歩、前に出た。

日向もまた、別の方向へ歩き出す。


背中越しに、同じ音が聞こえた気がした。

駒箱が、静かに閉じられる音。


鏡に映っていた「俺たち」は、そこで消えた。

残ったのは、それぞれの盤だけだった。

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