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蒐集家という名の棋士について  作者: 夜明けの語り手
第二章 一年後

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31話 取材

控室は、取材用に整えられていた。

照明は少し明るく、椅子の位置も決まっている。


恒一は、背もたれに深くもたれずに座っていた。

盤の前と、姿勢はあまり変わらない。


「今日はお疲れさまでした」


記者の声は、慣れている。

何度も同じ質問をしてきた声だ。


「いえ」


短く返す。

それ以上の言葉は、求められていない。


「最近の勝ち上がりについて、どう感じていますか」


恒一は、少し考えた。

正確には、考える時間を置いた。


「たまたま、重ならなかっただけです」


「重ならなかった?」


「はい。手と、相手と、時間が」


記者は頷くが、完全には掴めていない。

それでいい、と恒一は思った。


「同門公式戦以降、将棋が変わったと言われています」


恒一は、目を伏せる。


変わったのは、将棋じゃない。

そう言い切るほど、簡単でもない。


「変わったというより、

 置かなくなったものがあるだけです」


「置かなくなったもの、というと?」


「名前とか、段位とか」


ほんの一瞬、間が空く。

恒一は、その沈黙を埋めない。


「日向棋士との再戦については、どうお考えですか」


恒一は、顔を上げた。

否定も、期待も、そこにはない。


「同じ場所に立てるなら、指したいです」


「因縁の対決と見る声もありますが」


「因縁だと、盤が重くなるので」


その言葉に、記者が小さく笑った。

冗談として受け取ったのだろう。


だが、恒一は笑わない。


「最近、『無我の境地』という言葉がよく使われます」


「境地だとは、思っていません」


即答だった。


「条件が揃っただけです。

 揃わない日は、指せません」


「では、再現性は――」


「ありません」


きっぱりとした声。

そこに、諦めも自慢もない。


「今後の目標を教えてください」


恒一は、初めて少しだけ視線を遠くにやった。

盤のない場所。


「タイトルを、狙います」


一瞬、控室の空気が止まる。


「意外だ、という声もあるかもしれません」


「そうかもしれません」


「無我と、欲は相反すると考える人もいます」


恒一は、ほんのわずかに首を振った。


「一度、何も持たずに指せたので」


記者が、息を呑む。


「……次は、持って指してもいいと思いました」


その言葉が、記録されるかどうかは分からない。

見出しにはならないだろう。


それでも、

分かる人には、十分すぎるほどだった。


取材が終わる。

恒一は立ち上がり、軽く頭を下げた。


盤の前に戻る時間を、

もう考えていた。

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