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蒐集家という名の棋士について  作者: 夜明けの語り手
第二章 一年後

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24話 夜のラン

夜の空気は冷えていた。

 日向はイヤホンもつけず、街灯のリズムだけを頼りに走っていた。靴底がアスファルトを叩く音が、やけに大きく聞こえる。


 さっきまでいた喫茶店の匂いが、まだ鼻の奥に残っている気がした。少し苦いコーヒーと、古い木のテーブル。新聞を半分に折ったまま、読んでいなかった佐伯師匠の横顔。


「歳を取るとさ、ああいう声が遠くなる」


 その言葉を思い出して、呼吸が一拍ずれた。

 遠くなる、という表現が妙に正確で、胸の奥に引っかかっている。


 信号を一つ越える。赤だったはずなのに、気づけば青に変わっていた。時間は、走っているときだけ、勝手に進む。


「走ってるだろ」


 あの一言も、今さら効いてきた。見抜かれた悔しさより、気づいてもらえていたことの方が大きかった。


 ふいに、師匠の短い笑い声が脳裏によみがえる。

 ――はは。

 あの、研究会の帰り道で聞いたのと同じやつだ。


「……っ」


 日向は、思わず息と一緒に笑ってしまった。

 夜道で一人、理由もなく笑う自分が少し可笑しい。


 走る速度は落とさない。

 将棋から離れているわけでも、戻っているわけでもない。ただ、今は前に進んでいるだけだ。


 街灯の下を抜けながら、日向は思う。

 盤を閉じる夜も、走る夜も、どちらも自分だ。


 そして、あの喫茶店に戻れる場所がある限り――

 まだ、迷っていてもいい。


 足音だけが、夜に続いていった。

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