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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
第二章 一年後

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22話 盤の前に座る

会場の空気は、夜とは違った。

静かだが、緊張は均一に張られている。


日向は対局室に入り、席に着いた。

背筋を伸ばし、盤を前にする。


昨日、盤を閉じたときと、同じ動作だった。

違うのは、ここには逃げ場がないということだけだ。


駒はすでに並べられている。

自分の意思とは関係なく、将棋は始まる準備を終えていた。


「よろしくお願いします」


声は落ち着いていた。

相手の棋士も、いつも通りに頭を下げる。


――昨日の自分なら、ここに座れただろうか。


ふと、そんなことを思う。

だが、問いはすぐに消えた。

答えを出す場所ではない。


初手。

二手目。

指は、自然に動いた。


考えていないわけではない。

ただ、迷っていない。


盤はゆっくりと形を作る。

無理もなく、尖りもない。


解説席では、小さな声が交わされている。


「日向らしいですね」

「落ち着いています」


その評価に、日向の心は動かない。


中盤。

一瞬、あの局面に似た形が現れた。


盤の中央。

意味が生まれる直前の、あの場所。


日向の指が、ほんのわずか止まる。


――指せる。


昨日の夜なら、確実に指していた。

だが、今日は違う。


日向は、別の一手を選んだ。


安全で、堅実で、

勝ちを遠ざけない手。


盤は応えた。

形勢は、こちらに傾く。


終盤。

無理をしない。

焦らない。


そして、勝った。


拍手は小さく、短い。

日向は一礼し、席を立つ。


勝った実感は、薄かった。

だが、違和感もなかった。


控室に戻ると、

誰かがスマートフォンを見ながら言った。


「恒一も、勝ったみたいですよ」


その名前に、胸が少しだけ反応する。


「内容もいいって」


日向は、うなずいただけだった。


――同じだ。


自分も、恒一も、

今日という一日を、ただ勝ち上がっただけ。


それ以上でも、それ以下でもない。


昨日、盤を閉じた夜。

何も決めなかった自分。


今日、盤の前に座った自分。

何も捨てていない自分。


その二つが、

不思議と矛盾せずに並んでいる。


日向は、会場を出る。

外の光が、少し眩しい。


まだ、同じ場所には立っていない。

だが、離れてもいない。


恒一は、前にいる。

自分も、前にいる。


ただ、

同じ速度ではないだけだ。


日向は歩き出す。

次の対局表に、視線を向けながら。


昨日の夜を、

無駄にしないために。

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