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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
第二章 一年後

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17話 足りない

日向は弱くなってはいない。

むしろ、数字の上では強くなっている。


順位戦も、一般棋戦も、安定して勝っている。

読みは深い。終盤は正確だ。

誰が見ても、一流への道を外れてはいない。


それでも、

あの一局を越えられていない。


同門公式戦のあと、将棋は変わった。

世界が変わったわけじゃない。

自分の中の基準だけが、静かに更新された。


――あそこまで行ける。


そう知ってしまった。


あの対局で、恒一と並んだ。

勝ち負けの手前、名前も段位も消えた場所。

盤と盤が、ただ向かい合っていた時間。


それ以降、どんな対局でも、

どこかで“足りない”と感じてしまう。


悪くない手。

勝ちにつながる手。

評価値も問題ない。


それでも、

あの静けさが、ない。


日向は画面から目を離し、現実の盤を見る。

今日の対局は、すでに終わっている。

勝っている。内容もいい。


だが、胸の奥は動かない。


「強い将棋ですね」


そう言われるたびに、

肯定でも否定でもない場所に、言葉が落ちていく。


日向は知っている。

自分が止まっている理由を。


恐れているわけじゃない。

失いたくないわけでもない。


ただ――

もう一度、あの場所に立ちたいだけだ。


勝敗の外。

評価の外。

将棋が名乗りを上げる、あの一瞬。


一年経っても、

そこから先には、進めていない。


だが、

進めなくなったわけでもなかった。


盤の前に座る日向の背筋は、崩れていない。

視線は、まだ前を向いている。


ただ、

アクセルを踏み切れていないだけだ。


――踏めば、またあの将棋に戻れると、

どこかで信じているから。

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