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蒐集家という名の棋士について  作者: 夜明けの語り手
第二章 一年後

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16話 一年前にとらわれている

画面に映っているのは、あの同門公式戦だった。


再生は、決着の数手前で止められている。

盤面は均衡を失い、王手と王手が折り重なった、あの局面。

解説の声も、観客のざわめきも、すべてが少しだけ遠い。


日向は、ソファに沈み込みながら、目を逸らさなかった。

もう何度、この映像を見ただろう。


ここから先を、彼は知っている。

知っているはずなのに、

再生ボタンを押す指は、いつも途中で止まる。


——この一手。


恒一が、意識せずに放った、

それでいて一年分の時間が凝縮されたような手。


日向は、画面の中の自分に視線を戻す。

ほんの一瞬、確かに迷っている。

だが、それは弱さではなかった。

むしろ、あの瞬間にしか立てなかった場所だった。


「……まだ、ここにいるな」


誰に向けた言葉でもなく、

ただ部屋の空気に落とすように呟く。


一年経った今でも、

この局面から先へ進めていないのは、

画面の中の自分ではなく、

この部屋にいる自分のほうだった。


再生を止め、画面を暗くする。

だが、盤面は消えない。

目を閉じても、駒の配置が浮かび上がる。


——あの日の続き。


記憶は、自然に一年前へと引き戻されていく。



決着は、静かだった。


歓声も、ため息も、

すべてが一拍遅れて、現実に追いついてくる。


盤上には、詰みの形が残っていた。

だが、どちらが勝ったのかを示す言葉は、

しばらく誰の口からも出なかった。


恒一は、盤を見つめたまま動かなかった。

日向も同じだった。


勝ったという実感も、

負けたという感情も、

その瞬間には存在しなかった。


ただ、

「打ち切った」という感覚だけが、確かにあった。


感想戦は、ほとんど言葉にならなかった。

互いに、説明できる手など、もう残っていなかったからだ。


別れ際、

日向は一度だけ恒一を見た。


そこに、悔しさはなかった。

憧れも、敵意もなかった。


——やっと、同じ場所に立てた。


その事実だけが、

胸の奥に、重く、静かに残った。



一年後。


日向は、再び目を開ける。

部屋は静まり返っている。


まだ、終わっていない。

だからこそ、もう一度、始められる。


彼は立ち上がり、

将棋盤の前に座った。


今度は、

映像の続きを見るためではない。


——次の一手を、打つために。

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