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蒐集家という名の棋士について  作者: 夜明けの語り手
第一章 ライバル

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14話 同門公式戦 中編

盤の上に、わずかな歪みが生まれていた。

誰も声にはしない。

だが、均衡はもう完全ではなかった。


日向はそれを、数手遅れて感じる。

評価値ではない。

形でもない。


呼吸が、合わなくなった。


速く指したはずの一手が、空を切る。

間を置いたはずの長考が、浅くなる。

自分のリズムが、どこかで他人のものになっている。


――おかしい。


恒一は、相変わらず淡々としている。

勝負どころにある人間の顔ではない。

目は盤に落ちているが、力は入っていない。


その一手が出たのは、

何かを狙った結果ではなかった。


恒一自身、

「今だ」と思ったわけではない。


ただ、

そこに置く駒が、そこにあるような気がした。


盤の中央から、少し外れた位置。

効率も、鋭さもない。

だが、空いていた場所が、突然塞がる。


日向は、その瞬間、指を止めた。


――……なんだ、これは。


強い手ではない。

正解とも言い切れない。

だが、その一手で、

これまで流れていた将棋が、別の方向を向く。


日向の戦法が、初めて機能しなくなる。

速さが意味を持たず、

長考が答えを連れてこない。


局面が、言葉を拒む。


解説席が沈黙する。

評価が割れる。

「これは……」という声だけが、宙に残る。


日向は、初めて「考えさせられている」ことに気づく。

相手を乱すつもりが、

自分が、別の場所へ連れて行かれている。


恒一は、その変化に気づいていない。

いや、気づこうとしていない。


この一手が何を生むのか、

考え始めてしまえば、

それはもう「狙い」になる。


狙いは、まだ要らない。


盤は、急に窮屈になる。

選択肢が減る。

逃げ道が、意味を失う。


日向は踏み込む。

鋭い一手。

この将棋で、初めて「勝負」の匂いが立つ。


恒一は、受ける。

しかし、受け切らない。

拒まないが、通さない。


盤上に、緊張が走る。


――来る。


二人とも、それを感じていた。


日向の攻めが、形になる。

恒一の玉が、中央に引き寄せられる。

安全ではない。

だが、崩れてもいない。


恒一は、ふと時計を見る。

時間は、まだある。


眠らせていた手は、

まだ、全部は出せない。


だが、

盤が、先に要求してくる。


一手。

また一手。


そして、

恒一の指が、止まらずに動いた。


意識はしていない。

覚えてもいない。

ただ、

これまで溜めてきたものが、

自然に、盤の上へ落ちる。


王手。


会場の空気が、変わる。


日向はすぐに返す。

考える余地はない。

王手。


二つの音が、続く。


盤の上で、

将棋が、はじめて名乗りを上げた。


王手。

王手。


それ以上でも、それ以下でもない。


この局面で、

勝ちも負けも、まだ決まらない。


ただ一つ、確かなことがあった。


二人は、

ようやく、

同じ場所に立ち始めていた。


そして、

王手の音だけが、

静かに、続いていた。

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