デート
「借金取りってどこまで追ってくんだろね」
「さあ?でも私の家周辺はもうバレてるみたいです」
「怖いねー」
聞いてきた割に返事は軽い。
「喉乾いたなー、ちょっと休憩所寄ろ」
男はサービスエリアの端の駐車場へ車を停める。男はお札を2枚程、女に渡して
「何か買ってきなよ、ご飯」
と言って車を降りた。
「贅沢…」
女はお弁当とおにぎり、お茶やお菓子などで渡された金額をほとんど使ってしまった。車に戻るとすでに男が運転席に座っていた。
「いただきます」
女はお弁当を開けて食べ始める。
「普段からそんなに食べるの?」
「これより少ないくらいですかね、食べ物にお金かけられるの嬉しくて」
「そう、良かった。あっそれ俺好きなやつ」
箸でつまんでいたきんぴらを見て言った。女は箸を男の顔の前まで持っていく。
「えっ」
男は表情は変えなかったけれども困惑の声を漏らした。
「はい」
男の一瞬の困惑にも気づかずに差し出す。男は何も言わず差し出されたきんぴらを口の中に入れた。
女を視界に入れないよう顔を逸らし、口をごもごもさせながら
「…美味しい」
と言った。
二人とも食事を終えてお茶を飲み、無言の穏やかな時間を過ごした。
「じゃ、出ようか」
エンジン音のあとに車がゆっくりと発信する。女は謎の期待感に包まれ、ワクワクしていた。
「この近く、遊園地あるんだよね」
「遊園地…」
男がちらっと女の瞳の光が大きくなっているのを見て少しだけ口角をあげた。駐車場はあまり広くないが、広く感じる位に車の数は少なかった。
「わー、何から乗りますか?」
「んーやっぱりジェットコースターじゃない」
と指をさす。すると女はその方向へ歩き出す。数歩後ろを男がゆっくりとついて行く。
「はやく」
女は男の方へ駆け寄り手を引く。すると男の後ろに黒い人影が見えた。背筋にゾクッと悪寒が走った。だが女は見えない振りをして男を引っ張った。
「楽しかったですね」
「そうなの?あんまり楽しそうじゃなかったけど」
さっきの悪寒が一瞬よぎる。
「いいえ、感情があまり出ないだけです、楽しかったです」
男はクスクスと笑っていた。女は不思議そうに男を見上げた。そのあとも二人はアトラクションからベンチを空が赤くなるまで繰り返した。その間、女は男の後ろをついてまわる気配を感じ続けていた。
「やっぱり最後は観覧車だよね」
と男が優しく女の手を取った。女は男に引かれあとを着いていく。男の背中を見たあと、後ろを振り返ると影はいなくなっておりさっきまでの悪寒も綺麗さっぱり消えていた。乗り込んだ二人はしばらくの沈黙の風景画鑑賞を楽しんだ。のち男が口を開く。
「観覧車っていいよね、俺みたいな人間でも上の綺麗な景色を見ることができる」
「そうですね、綺麗ですね。まるでつくられたみたい」
同じ感情を共有した2人は再びこの心地の良い沈黙を過ごした。
ふと女は口を開く。
「あの…もしかして人、殺したことあります?」
男は俯き、落ちた黒い前髪の隙間からこちらを睨む鋭い視線が刺さる。だが女は感情も表情も変わらなかった。
「そうだよ、バレたのは君が初めてだな」
とゆっくりとあげた顔は作り笑顔だった。その笑顔を見て女は少しうつむき加減になった。
「そうですか」
「それだけなんだ」
と男は笑った。
「その人から逃げてるんですか?」
「そうだね」
男は遠い記憶を眺めるように窓の向こうを見ていた。女は隣に移動し、男の手を握る。するとまた、黒い人影が見える。さっきまで女が座っていた向かい側に静かに座っている。影は男をじっと悲しげな表情で見つめている。
「その人に会ってみたいです」
「もう居ないけど、お墓なら」
二人は観覧車から降りて車へ戻った。男は記憶を手繰り寄せながら車を走らせた。
「もう遅いから宿に泊まろうか、会うのは明日にしよう」
「はい、運転お疲れ様です」
二人はチェックインを終え、各々の部屋へ入る。女はベッドに腰を下ろす。
「ふぅ、なんか疲れた」
窓の方に目をやると人影が立っていた。
「なんで私の部屋なの…」
女は人影の横の温泉のポスターが目に入る。
「温泉…」
女は男の部屋をノックする。ゆっくりドアが開く。
「どした?」
「あの、着替え買いたいんですけど」
「あぁ、はい」
と男はポケットからお札を取り出す。
「ありがとうございます」
女は静かにドアを閉めた。コンビニで下着を買った女は外のベンチで夜の冷たい空気を味わう。隣の人影をちらりと見て近づいた。
「あの、なんで私の方に着いてくるんですか?普通あの人の方じゃないの?」
人影は静かに居座るだけ。
「喋れないのね」
女は後ろに影の存在を感じながらも宿に戻る。部屋に置いてあった浴衣を持って温泉へ向かう。
「着いてこないでよー」
とドアを閉める。後ろの気配は無くなった。女は不思議に思った。
「私の声は聞こえてる?…のかな」
服を脱ぎ、女は久しぶりの温泉に欣喜する。陶然とお湯に浸かり、暗闇の中で佇む待宵月を眺めた。
「明日、会っちゃったら終わりかな…」
女は温泉から部屋へ戻り、ベッドで寝そべりそのまま深い眠りについた。その日、女は夢を見た。過去の記憶でもない不思議な夢を。
朝、女はいつもよりもはやく目を覚ました。影はまだ女の部屋にいた。
「おはよう」
と影に話す。影から返事が来ることはない。
女は寝起きのまま、男の部屋へ向かう。
「おはようございます」
ノックをして声をかけるが返事はない。ドアを静かに開け、顔を覗かせる。男はまだ起きていないようだ。女は部屋へ入り、ベッドの脇にしゃがみこむ。
「ほんと、美形」
「ありがと」
女は尻もちをついた。男はうつ伏せになり、顎に腕をつき、微かに笑いの息をこぼした。
「起きてたんですか」
女はムスッとして立ち上がる。すると男がベッドに胡座をかく体勢に切り替え、口角を少しあげ女の方を見て言った。
「俺に髪やらせてよ」
「え、でも私髪短いから」
女は肩にかかっていた明るい茶色の毛先をいじりながら答えた。男は女の腕を優しく引き足の間に座らせる。女は諦めて力を抜いた。男の手つきは慣れており、とても優しかった。
「ありがとうございます」
女は和顔で鏡の中の自分を色んな角度で見た。男は女の後ろで相好を崩す。
「着替えてきますね」
と部屋を出る。男も準備を始めた。
二人は準備を終え、車の中に乗り込んだ。影が気になり、後部座席に目をやるが影はいなくなっていた。
「その…例の人って男の人ですか?」
「うん、そうだよ」
男はためらいなく答え、車を発信させた。
「昨日夢を見たんです、ずっと貴女の背中を追いかける不思議な夢でした」
「俺の夢見てくれたんだ、嬉しいなー」
男は会話を濁した。やはりそう簡単には心を開いてくれないかと女は黙り込み考える。もう自覚していた。この人を知りたくて、受け入れたい。でも知ってしまったら、きっと終わってしまうと。
そして二人の乗る車のナビが目的地周辺の交通状況を語り出した。




