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異世界介護士 スキル恩返しで生きていく  作者: くりょ


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六話 この世界を知る。

ギュスターに導かれ、俺たちはゆっくりと街道を進んでいった。


 街の入口に近づくにつれ、視界は次第に彩りを増していく。


 見たことのない建物、形の違う窓、鮮やかな布で飾られた露店――


 前世のどの街とも似つかない、まったく別の文明が目の前に広がっていた。

 

人々の声。香辛料の匂い。馬車の音。


 そのすべてが、俺の知らなかった“異世界の息遣い”を伝えてくる。

「……すごいな、ここ。」

 思わず漏れた呟きは、驚嘆でもあり、戸惑いでもあった。


 だが、賑わいの裏に隠れるように――

 通りの端では、薄汚れた服の人々が座り込み、行き交う人波から外れて佇んでいる。

 煌びやかな光景に反比例するように、確かな“影”がそこにあった。


 そして――その影は、俺の胸に痛みを残す。

 ホームレスを見たときと同じ感覚。

 誰からも気に留められない者たちが、ただ存在しているだけの空間。


 しかし決定的に違うのは、その中に“子供”の姿があったことだ。


 小さな手を伸ばし、物乞いをする幼い子どもたち。

 顔には諦めも、憤りもない。ただ――そうするしかないという受け入れ。


 この世界には、この世界の残酷がある。



 そんな中、ひとりの老人の姿が目に留まった。

 通りの壁にもたれるように座り込み、身じろぎ一つしない。


 その体は痩せ細り、骨ばった手足は震えた気配すらない。


 ただ、目だけが――

 救いを求めるでもなく、怒るでもなく、

 “ここで静かに消えていく”ことを受け入れた


影を宿していた。

「……ギュスター。」

「はい、リオン。」

「あの方……老人は……

 この世界じゃ、年寄りってどんな扱いを受けるんだ……?」

 ギュスターは、ため息のような呼気をひとつ漏らした。

「年齢を重ね、力を失えば……

 お金のない者は、家を追い出されることもあります。

 山に捨てられる者も……珍しくありません。」

「……姥捨て山、かよ。」

「うば……すてやま……?

 それは、どのような……?」

「働けなくなった老人を、山に捨てることだよ。

 前の世界の昔話に、そんなのがあった。」


 ギュスターは驚きと哀しみを同時に湛えた目で俺を見る。


 俺は続けた。

「歳をとって、自分の生活がままならなくなると……


 こうして見捨てられる。

 積み重ねてきた過去なんて、まるで無かったかのように。」


 老人たちが積み上げた年月の上に、この街の文明があるはずだ。

 だが、人々はその事実を忘れ、目を背けている。

「……俺は、こういうのを見過ごしたくない。」


 そう呟くと同時に、俺は足を踏み出し、老人のもとへ向かった。

「すみません。急に声をかけてしまって。」


 老人は驚きに目を大きく見開いた。

 身なりからして、俺が貴族の子だと理解したのだろう。

「わ、わしは……グランと申します。

 声をかけてくださるとは……思ってもおりませんでした。

 もし……ここを立ち去れと言われれば……向かいます……

 ですが、ご覧の通り、手も足も……もう使いものになりません。

 どうか……見逃してくだされ……」

 震える声に、俺は息を呑んだ。


 袖をめくったグランの手首には、深い切り傷が走っている。


 足首にも同様の痕が刻まれていた。

 明らかに――意図的につけられた傷。

 誰かが彼を“捨てるために”つけたのだと、一目でわかった。


「……これは……誰かにやられた傷ですよね。」


 俺は毅然と言葉を発した。


「ここは……人目につきすぎますし、地面は冷たくて痛いでしょう。

 もしよろしければ、僕と一緒に休める場所へ移動しませんか?」


 グランは震える声で返した。

「し、しかし……わしはもう……動けません……」

「大丈夫です、僕が――」


 そう言って抱きかかえようとした瞬間、

 自分の腕が彼を支えきれないことを悟った。

 この体は、想像以上に非力だった。


「リオン……ここは、私が。」


 ギュスターが静かに歩み寄ると、

 驚くほど自然な動作で老人を抱き上げた。

 その動作には、長年積み重ねた技術と優しさが宿っていた。


 近づいた瞬間、俺は思わず呼吸を止めた。

 腐敗した傷の匂い。

 長く清められなかった体の臭気。

 それらが混ざり合い、ひどく重たい空気となってまとわりつく。


「……これは……相当ひどい状態だ……」


 俺はギュスターに向き直り、指さす。

「あそこに宿らしき建物がある。


 ギルドに行く前に、まずは休める場所を確保しよう。」

 グランは震える声で言った。


「無理です……

 宿など……わしのような汚い老人など……泊めてもらえるはずが……」


「大丈夫ですよ、グランさん。」


 俺はしっかりと目を見て言い切った。


「あなたは汚くなんてない。

 長く生きてきた分だけ、誰よりも尊い。

 僕は……そんなあなたを、誇りに思います。」

 その瞬間――

 グランの濁った瞳が、ゆっくりと震え始めた。

「……そんな……そんなことを……

 言われたのは……いつぶりだろう……」


 涙が一粒、静かに流れ落ちた。

 俺たちはグランを抱え、宿の方向へ歩き出す。


 ――たとえ、この世界がどれほど残酷でも。

 俺が“隣に立つ仕事”を選んだ意味は、きっとここから始まる。

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