六話 早々に家をでる。
ギュスターは手綱を握りながら、
道中、ふと優しい声で問いかけてきた。
「それで……お坊っちゃま。
その“介護士”というお仕事は……
一体、どこでなさるおつもりですか?」
俺は馬車の揺れに身を任せながら、静かに答えた。
「じいや。介護士はね――どこでだって必要とされる仕事だよ。
貴族の屋敷でも、村の外れでも、
人が生きている限り、支えを求める場所はあるんだ。」
そして少し照れくさそうに笑う。
「それと……“お坊っちゃま”はやめてほしいな。
なんだか偉そうでしょ?
僕のことは“リオン”って呼んで。」
その言葉に、ギュスターは驚いて目を見開いた。
これまでのリオンなら、決して言わなかったようなことだ。
「し、しかし……お坊っちゃまはお坊っちゃまでございますので……」
「じいや。」
俺はやわらかく微笑んで言った。
「介護士は、人の“上”に立つ仕事じゃない。
人の“隣”に立つ仕事なんだ。
もし上下関係を誇示するようになったら――
きっとこの仕事は、誰も幸せにできなくなる。」
その真っ直ぐな言葉に、ギュスターの胸が熱くなる。
そして少し間をおいて、再び問いかけた。
「……リオン。
わたしは“介護士”という仕事を初めて聞きました。
弱き者を支えるという点では……
私ども執事や侍女と似ているようにも思えますが、違うのでしょうか?」
俺は頷いて答えた。
「うん、少し違うかな。
介護士は、もう一人で生活できなくなった人たちの“手”になる仕事だ。
食べることも、歩くことも、眠ることも――
誰かの支えがないと生きられない人たちを笑顔にするんだ。
そこに、貴族も庶民も関係ない。」
ギュスターは静かに息をつき、
深く感銘を受けたように言葉を続けた。
「つまり……それは“恩返し”というお坊っちゃまのスキルにも、
関わっているということですか?」
俺は首を振った。
「“恩返し”ってスキルが、正直なんのことなのか全然わからないんだ。
でも少なくとも、戦ったり人を倒したりするための力じゃないと思う。
……僕にはそれくらいしかできないし、
でも――それを誇りに思ってる。」
その言葉に、ギュスターは深く胸を打たれた。
「……素晴らしいです。
ですが……そのような仕事をなさるとなると、
活動の場は貧しい地域になるかと。
収入面では……かなり厳しいのでは?」
俺は笑いながら言った。
「お金じゃないんだよ、じいや。
たとえば――家に介護が必要な人がいて、
家族の誰かが働きに出られないとする。
そんな家がたくさんあると思うんだ。
僕はその人たちが安心して働きに行けるように支えたり、
家に残る人を笑顔にして、また生きる力を取り戻してもらいたい。
……必要としてくれる人が、きっとどこかにいるから。」
ギュスターは深くうなずき、
やがて懐からひとつの袋を取り出した。
「こちらに、カルネ様からのお預かりものがございます。
“しばらくの生活を支えるように”と――」
袋の中には、金貨と宝石がぎっしりと詰まっていた。
俺はそれを見つめ、静かに微笑んだ。
「……そうか。
お母さんが支度金を……。
でも、これはなるべく使わないようにしないとね。
きっと、僕の力で生き抜いてみせる。」
ギュスターはその言葉に再び驚き、
思わず口を開いた。
「……ほんとうに、リオン様には驚かされてばかりです。」
俺は笑って肩をすくめた。
「それでじいや、仕事の依頼ってどこかで確認できないかな?」
「それでしたら……“冒険者ギルド”に登録なさるのがよろしいかと。
護衛や救援など、いくつかの依頼は介護士に似た内容もあります。」
「冒険者ギルドか……。
冒険をする気はないけど、きっと人と関わるには一番の窓口だね。
よし、さっそく登録しに行こう!」
「はい! 登録だけなら、なんの問題もありませんとも!」
ギュスターは、どこか自信に満ちた笑顔を浮かべていた。
――そのときの俺はまだ知らなかった。
この“老執事ギュスター”という男が、
どれほどとんでもない存在であるかを。




