四話 介護士をやります。
部屋の扉の前で、じいやが静かに立っていた。
その優しい声を聞いた瞬間、胸の奥の緊張がゆるむ。
「リオンお坊っちゃま。お食事の準備が整いました。
皆さま、すでにお揃いでございます。」
「うん!! じいや、いつもありがとう! 一緒に行こう!」
そう言うと、じいやは穏やかに目を細めた。
その表情には、深い優しさと誇りがあった。
彼は理解していた。
――リオンは、この冷たい家の中で、自分にだけ心を許している。
それだけでなく、孤独と蔑みに晒されながらも、
前を向いて進もうとする強さを持っていることを。
「はい。それでは、お坊っちゃま。私のあとにおつきください。
……たとえ何が起ころうとも、じいやは――お坊っちゃまの味方ですぞ。」
その言葉に胸が熱くなり、思わず笑みがこぼれた。
「うん!! じいや!! ありがとう!!」
じいやの心は、その一言で深く震えた。
その小さな感謝が、どれほど彼の胸を打ったのか――
俺はまだ知らなかった。
* * *
じいやに案内され、長い大理石の廊下を歩く。
高くそびえる天井。壁には古びた絵画。
やがて重厚な扉の前に立つと、
そこには家の“格”を象徴するような空気が漂っていた。
扉が開かれ、食堂に足を踏み入れた瞬間――息を呑んだ。
長く伸びたテーブル。
整然と並ぶ銀食器と燭台。
静寂の中で、重みのある視線が一斉にこちらへ向けられる。
そこには――“家族”がいた。
鋭い眼光をもつ男。
この家の主、父親だろう。
その隣には、柔らかな表情をした女性。
きっとカルネ、この体の母親だ。
さらに、気品を纏った姉ニルネ。
冷静な目をした兄レオン。
そして、先ほど俺を嘲った妹。
――まだ名前は知らない。
俺は小さく息を呑み、恐る恐る席に着いた。
静寂を破ったのは、兄のレオンだった。
「よくも顔を出せたな。
いつもみたいに部屋で一人で食べればよかったものを……リオン。」
その言葉は鋭く、氷のように冷たい。
けれど俺は、まっすぐに答えた。
「はい……でも、みんなで食べたほうが……
きっと料理がおいしいと思ったんです。」
その瞬間、空気が止まった。
誰もが驚いたように息を呑み、
母カルネの瞳がわずかに潤んだ。
しかし――
「アハハハハ!!!」
甲高い笑い声が響いた。
それは妹だった。
「リオンがここで食べるなんて!
それじゃあ料理がまずくなるじゃない!!ねぇ、お父様!」
父親らしき男が重く口を開いた。
「ああ……。
リオン、どういうつもりだ?
誰もおまえの顔など見たくはないというのに。」
その言葉に、カルネが勢いよく立ち上がる。
「そんなこと言わないでください!!
リオンは……私にとっても、みんなにとっても大切な家族です!!」
だが、その想いに冷たい声が重なる。
ニルネが静かに口を開いた。
「お母様……お気持ちはわかります。
ですが、リオンはあまりにも怠惰です。
いたずらばかりで、家の名を汚してばかり。
残念ですが、私も――もう弟としての情はありません。」
レオンもそれに続くように言った。
「そうだ。
リオン、おまえ……リリナから聞いたぞ。
母様の庭に勝手に入ったそうだな?
まさか、荒らしたりはしていないだろうな?」
重苦しい沈黙。
その場の空気が、さらに冷え込んでいく――。
重苦しい空気が食堂を包んでいた。
俺は肩をすくめながら席に座り、テーブルの上の銀食器を見つめていた。
「リオン。」
兄レオンの冷たい声が響く。
「よくも顔を出せたな。
いつもみたいに、部屋でひとりで食べていればよかったものを。」
その言葉は刃のように鋭く、胸に突き刺さった。
けれど俺は、真っすぐに顔を上げて答えた。
「はい……でも、みんなで食べたほうが……
きっと料理が美味しいと思ったんです。」
一瞬、空気が止まる。
誰もが息を呑んだ。
母カルネの瞳が、かすかに揺れた。
――だが次の瞬間。
「アハハハハハ!!」
甲高い笑い声が響く。
妹のリリナだった。
「リオンがここで食べる!?
そんなの、食事がまずくなるじゃない! ねぇ、お父様!」
「……リオン。」
父親が重い声で口を開く。
「どういうつもりだ。
誰もおまえの顔など見たくはないというのに。」
その言葉に、カルネが勢いよく立ち上がる。
「そんなこと言わないでください!!
リオンは……私にとっても、家族にとっても大切な子です!!」
だが、その想いは冷たい言葉に遮られた。
「お母様。」
姉ニルネが静かに口を開く。
その瞳は冷えたガラスのようだった。
「お気持ちはわかります。
ですが、リオンは怠け者で、いたずらばかり。
家の名を汚してばかりです。
残念ですが、私はもう……弟としての情はありません。」
レオンも低く続ける。
「そうだ。リオン、おまえ――
リリナから聞いたぞ。
母様の庭に勝手に入ったそうだな?
まさか荒らしたりしてはいないだろうな?」
その言葉に俺の体がびくりと震えた。
その様子を見たニルネが冷たく言う。
「やっぱり……。今のうちに白状しなさい。
どうせすぐにバレるんだから。」
リリナも声を上げた。
「お母様!怒ってください!!
リオンはいつも迷惑ばっかりかけてるのよ!!
ほら!何したの!? 言いなさいよ!!」
俺は観念して、小さな声で言った。
「その……木陰で……用を足しました。」
――沈黙。
食堂全体が凍りついた。
そして父の怒号が轟いた。
「ふざけるな!!! あの庭で……!!
おまえ、なんてことをしたんだ!!!」
リリナは腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハハ!!
ほんとに最低ね! 見た目だけじゃなくて、
中身まで下品なんだから!!」
レオンは怒りに満ちた目で俺を睨む。
「リオン……おまえというやつは……!」
ニルネは冷たく吐き捨てる。
「本当にどうしようもないわ。
リオン、今すぐ出ていきなさい。この場にいる資格はないわ。」
だが、母カルネだけは静かに、優しく言った。
「リオン……でも、偉いわ。
ちゃんと正直に言えたんだもの。」
その言葉に、リリナはさらに笑い転げる。
「お庭におしっこしただけで褒められるなんて!!
ほんとにおかしい!! アハハハ!!」
その笑い声が、胸に深く突き刺さる。
俺は息を詰まらせながらも、まっすぐに言った。
「……すみませんでした、お母様。
僕は……仕事をします。
だから……ここを出ていきます。」
その言葉に父が鼻で笑う。
「仕事だと?
戦闘の才能もない、
意味のわからん“恩返し”なんてスキルしか持たないおまえに、
いったい何ができる?」
俺はゆっくりと顔を上げ、静かに答えた。
「――介護士をやります。」
その瞬間。
食堂の空気が――
音を立てて、止まった




