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異世界介護士 スキル恩返しで生きていく  作者: くりょ


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3/11

三話 この体を知る。

遠くの方から、低く落ち着いた声が響いた。


「リオンお坊っちゃま――!!」


その声に驚いて振り向くと、

そこには立派な執事服を身にまとった年配の男性が立っていた。

彼は息を切らしながら、こちらへ駆け寄ってくる。


「……リオンお坊っちゃま?」

その名前に、俺は一瞬きょとんとした。

聞き慣れない――けれど、なぜか自分のことを呼ばれている気がして、

思わず緊張した声で答えてしまう。


「は、はいっ!!」


執事の男は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに優しく微笑み、言った。


「お坊っちゃま……ようやくお見つけしましたぞ。

一体どこへ行かれたのかと心配いたしました。」


俺は頭をかきながら、戸惑い気味に言葉を返した。

「え、えっと……ごめんなさい……その……じいや……ここはどこ?」


気づけば自然と、彼のことを“じいや”と呼んでいた。


その瞬間、執事――じいやの表情が一変した。

目を大きく見開き、感極まったように震える声で言う。


「お坊っちゃま……!

ついにこの老いぼれのことを“じいや”と呼んでくださるとは……

しかも謝罪まで……!」


なぜか感動して涙ぐむじいや。

俺は戸惑いながらもう一度尋ねた。


「それで……ここはどこなの?」


じいやは優しく微笑み、静かに答えた。


「ここはデアハート家の裏手にある花園です。

カルネ様が心を込めて手入れされている大切な場所でございます。

このままでは叱られてしまいますぞ。さあ、戻りましょう。」


俺の内心は焦っていた。

――やばい。さっき、そこの茂みで小便したんだが……!


カルネという名前を聞き、すぐに悟る。

おそらくこの体の持ち主――リオンの母か姉にあたる人物だ、と。


「じ、じいや……わかった。僕を……屋敷まで連れてってくれる?」


じいやは目頭を押さえながら、深くうなずいた。

「はいっ!もちろんでございますとも! さあ、参りましょう!」


そうして俺は、広大な花園をじいやに案内されながら歩いた。

花々が風に揺れ、やがて視界の先に見えてきたのは――

信じられないほど立派な屋敷だった。


「……ど、どんだけ広いんだよ、ここ……」


思わず心の中でツッコミを入れる。

そして理解した。


――俺は今、

この世界で“とんでもない大富豪の息子”として生きているのだと。屋敷に足を踏み入れた瞬間、

俺は空気の異様さに気づいた。

――これは、歓迎されていない。

むしろ、冷たい。


使用人たちの視線の一つひとつが突き刺さる。

それはこの家の子どもに向けるものではなかった。

そこにあったのは、敬意でも恐れでもなく――

ただの無関心と、軽蔑だった。


だが、じいやだけは違った。

彼は静かに俺の隣に立ち、優しく言った。


「お坊っちゃま、気にされることはありません。

私がそばにおりますので。」


その言葉に、胸の奥がじんとした。

気づけば、俺はじいやの手をぎゅっと握っていた。


その手の震えを感じ取ったのか、

じいやの表情が一瞬で引き締まる。


「お前たち!! リオン様がお戻りになられたのだ!!

何をしている!!」


その一声で、

使用人たちは慌てて動き出した。


俺は驚いてじいやを見つめた。

「……この人、すげぇ……」


心から尊敬のまなざしを向けていた。


じいやは満足そうに微笑み、俺の手を握り返す。


「では、リオン様。

こちらのお部屋でお待ちください。

お食事の準備が整い次第、お迎えに上がります。」


「あ……ありがとうございます!! じいや!!」


俺がそう言うと、

じいやは今日一番、驚いた顔をした。


それもそのはずだ。

普段のリオンは、誰かに礼など言わない。

丁寧な言葉を使うことなど、一度もなかった。


じいやは理解した。

――お坊っちゃまはいつも強がって、

虚勢を張っていたのだと。


そうして彼は深くお辞儀をして、静かに部屋を出た。

去り際、小さく呟いた。


「……なんと、おいたわしい……」


その背中を見送りながら、

俺はただただ、じいやの完璧な所作に見惚れていた。


「すごいなぁ……

実物の執事って、あんな感じなんだ……」


好奇心のほうが勝って、胸が少し高鳴った。


部屋の中を見回すと、

金持ちの家にしてはあまりにも質素だった。

ベッドがひとつ、クローゼットがひとつ、

そして小さな机がひとつ。


「……なんか、使用人の部屋みたいだな……」

そう思ったが、そのときの俺は深く考えなかった。


――この家で自分が、

どんな扱いを受けているのかを、

まだまったく理解していなかったのだ。そのときだった。

廊下の向こうから、小さな足音が駆けてくる。

そして――コンコン、と扉が叩かれた。


「リオン!!いるの!?」


思わず俺は体をこわばらせ、反射的に敬語で返してしまった。

「は、はい!います!」


すると、返事を待つこともなくドアが勢いよく開いた。

そこに立っていたのは、自分よりも少し年下の少女だった。

明るい栗色の髪を揺らし、腕を組みながら眉を吊り上げている。


「リオン!!またみんなを困らせたでしょ!!

どこ行ってたの!?」


その声には、あきれと怒りが混ざっていた。


「レオンお兄様も、ニルネお姉様もがんばってるのに!

ほんとにリオンはどうしようもないんだから!!」


その言葉で、俺は悟った。

――この子は、リオンの妹だ。


俺は素直に頭を下げた。

「ご、ごめん……」


すると、彼女は少し驚いたように目を丸くした。


「へぇ〜! ちゃんと謝れるんだ!

ちょっとだけ見直してあげる! で? どこ行ってたの?」


「え、えっと……カルネの庭に……」


その瞬間、妹はくすっと笑い、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「いっけないんだぁ〜!!

お母様にも、お兄様にも言いつけてやるんだから!!」


楽しそうに笑うその姿は無邪気で、でもどこか残酷だった。


「わかった。ちゃんと謝るよ。」


俺がまじめにそう言うと、

妹は鼻で笑い、冷たい言葉を放った。


「許してもらえると思ってるの!?

デアハート家の恥さらしのリオンが?」


そして、俺を馬鹿にするように大笑いした。


「今度こそ本当に追い出されちゃうかもね! アハハハ!!」


そう言いながら、彼女は笑い声を響かせたまま走り去っていった。


部屋にひとり残された俺は、

胸の奥が冷たく締めつけられるようだった。


――まだ何もしていないのに。

どうしてこんなにも見下され、笑われなければならないんだ……。


その瞬間、ようやく理解した。

この家で“リオン”という少年が、

どんな扱いを受けてきたのかを。


そして俺は、静かに呟いた。


「リオン……

僕が――君を……

立派にしてみせるから」

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