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異世界介護士 スキル恩返しで生きていく  作者: くりょ


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1話 介護士として人生を歩む

――俺は、数十年のあいだ介護士として生きてきた。

 人生の大部分を捧げてきたその仕事を、胸を張って誇りに思っている。

 つらい日も、理不尽な日もあった。

 だが、それらすべてを押し流してしまう瞬間がある。

 利用者の方がふと向けてくれる笑顔。

 震える声で絞り出された「ありがとう」の一言。

 あれほど人の心を支え、救ってくれる言葉が他にあるだろうか。

 俺にとってそれは、存在意義そのものだった。

 人を知り、人に触れ、誰かが今日を生きるための手助けができる。

 そんな尊い時間に、俺は“生きている”と実感していた。

 数え切れないほどの出会いと、避けられない別れを経験した。

 一つひとつの人生に触れ、寄り添い、そして見送った。

 それらすべてを抱きしめるように、俺は言い切れる。

 ――この人生に、大きな満足を得ている、と。

 その日も、いつもと変わらず仕事を終え、俺は自転車で家へ向かっていた。

 冬の夜だ。風は冷たく、空気は湿って重い。

 ぽつ、ぽつ、と雨粒が頬に落ちる。じきに本降りになる予感がした。

 手はすぐにかじかみ、ブレーキの感触が鈍くなる。

 それでも家はすぐそこだ。

 信号がちょうど青に変わったのを見て、俺はそのままペダルを踏み込んだ。

 ――その瞬間。

 横合いから、耳をつんざくようなクラクション。

 心臓を鷲掴みされるほどの轟音。

 視界が弾けるように白くなり、

 次いで――暗転した。

 冷たい地面の感触が背に広がる。

 何が起きたのか理解するより早く、鼻を刺す鉄の匂いが漂った。

 視界の端で、雨に薄く霞む赤い液体が地面に広がっていく。

 雨の冷たさと、身体の中から流れ出す温かい“なにか”が混ざり合い、

 皮膚を通してゆっくりと、確かな死の気配を伝えてくる。

 どこか遠くで人の叫び声がする。

 助けを呼ぶ声。駆け寄る足音。

 だが、それらは薄い膜の向こう側にあるようで、はっきりとは届かなかった。

 静かに降り続く雨音だけが、妙にリアルだ。

 まるで俺の意識を、最後まで現実につなぎ止めようとしているかのように。

 ――ぁあ。

 俺はここで終わりを迎えるのか。

 不思議と恐怖はなかった。

 悔いもない。文句もない。

 ただ、冷たく横たわる現実を、受け入れるだけだった。

 俺の人生は、きっと充分だった。

 誰かの支えになれた。誰かの最後に寄り添えた。

 その積み重ねだけで、胸を張れる人生だった。

 ゆっくり瞼が落ちていく。

 雨がすべてを洗い流すように、静かに、静かに。

 そして――俺は、暗闇へ沈んだ。

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