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ご訪問ありがとうございます。

月子は、再び軍議に参加します。


 伽羅の御所に並んだ顔ぶれは、次の通りだった。

 源義経、藤原國衡、泰衡、忠衡、頼衡、そして、泰衡の祖父に当たる藤原基成。義経の郎等として佐藤忠信、月影こと月子。

 場所も、集まった人間も違っていたが、それでも平氏の軍議が思い出された。

 あのときも、歴史を変えようと必死になっていた。有盛の……そして知盛の命を救うために。


 あのときと、少しも変わらない。

 歴史の流れが変わらなければ、源義経のみならず、ここにいる藤原四兄弟、すべて、二年足らずでその命を落とす。

 今日、軍議が開かれたのは、奥州へ下される院宣が間もなく届くことが分かったからだ。

 院宣の内容は、読まなくても、月子には分かっていた。


「源義経を匿っているのなら、すみやかに差し出すこと。そうしなければ、軍を派遣して奥州を征伐する」


 ということだろう。

 勅使は、間もなく平泉に到着する。どう対処すべきかを至急考えなくてはならない。

 この軍議で決めるべきことは、今後の方針。

 選択肢は、三つ――。

 鎌倉を攻めるか、義経を差し出すか、それとも鎌倉の攻撃を待って迎撃するか。


「それでは……」


 泰衡が口を開きかけたとき、その兄の國衡がそれを止めた。


「待たれよ」


 國衡は、義経の方を向いた。


「義経どの、あの者は何者か、ご説明願いたい」


 國衡がまっすぐに指し示したのは、月子だった。


「あれは、私の郎等で、月影と申します」


 義経は、顔色一つ変えずに言った。


「月影……奇妙な名だ。姓は、なんと言う?」


 月子は答えなかった。國衡は冷たく笑った。


「その隣にいる者は分かる。佐藤四郎忠信。我々とも親戚関係にある。佐藤忠信ならいざ知らず、氏素性も分からぬ者を、いくら義経どのの郎等だからといえ、この大事な場に、同席させるわけにはいかない」


「國衡どの!」


 叫んだのは忠信だった。思わず立ち上がりそうになる忠信の手を、月子は握って制した。


「確かに、月影というのは仮の名です」


 言いたくはないが、言わなければこの場にはいられない。この軍議の様子が分からなければ、今後の自分の行動も決められないのだ。覚悟を決めた。


「申し上げます。私の姓は平……」


 國衡をはじめとする四兄弟は、一瞬息をのんだ。


「葛原親王の長子、高棟王の後裔。……すなわち、堂上平氏……父は、先の大納言、平時忠……」


『くだらない』と心の中で思う。自分の実力とは何の関係もない祖先の自慢などして、何になるのだろう。

 だが、これを言わなければ、この場から追い出されるのは目に見えている。


「本当なのか?」


 國衡は、義経に尋ねた。義経は、


「間違いありません」


 と答えた。


「真実、平大納言の子息であるというのなら、以前の位を、お聞きしたい」


 鋭い目つきで言ったのは、基成だった。年は、すでに七十を越えていたが、その目の鋭さは、少しも衰えてはいない。


「讃岐中将にございました」


 兄・時実の位を言った。兄は大物浦から一緒に船出をしていたが、嵐の後は行方不明だ。

 年も一歳しか違わないし、基成は兄が生まれる以前に京都から平泉に移り住んでいるので、心配はないはずだった。


「なるほど、面差しが時忠どのに心なしか似ている。平時実どの……」


 基成は言った。もう四十年以上も京に帰っていないはずなのに。それでも自分が京の公家であったことは、自慢したいものなのか。

 もっとも、そのおかげで月子の立場は守られそうだったが……。


「今では、父も能登に流罪の身、平の名は、壇ノ浦の海に捨てました」


基成に向かい、言った。


「分かりました。では、我々も、義経どのにならって『月影』とお呼びしよう」


「ありがとうございます」


 頭を下げ、周りの者に気づかれないように、安堵のため息をつく。


「勅使など、待つまでもない。早急に準備を整え、十月に予定していたとおり、鎌倉へ攻め入ればよい」


 そう言ったのは、國衡だった。


「しかし、あれは、父上がご存命の時のこと。あの計画のままというのは……」


 口をはさんだのは、泰衡だった。


「何を変える必要があろうか。父上が率いるはずだった第一軍は、泰衡が率いればよい。第二軍はこの國衡が、第三軍は奇襲を得意とする義経どのが大将となれば、鎌倉など容易に落とせる」


 國衡の考えている作戦は、おぼろげながらに分かる。


「いかがかな、月影どの?」


 國衡は、ばかにしたような口調で言った。余裕を見せるために、微笑む。このあたりで、発言しやすい立場を作っておくのも悪くない。


「第一軍、つまり本隊は、平泉から内陸をまっすぐに南下し鎌倉に入る。第二軍は、北陸道を。そして、御大将――源義経率いる第三軍は東海道を進み、海からの奇襲……このように考えれば、よろしいのでしょうか?」


 國衡は、月子をまじまじと見つめた。そして、義経に言った。


「この者に、詳しくお話なされたのか?」


「いいえ」


 義経は首を横にふった。そして、月子に尋ねた。


「この計画で、うまくいくか?」


「途中の在地武士をうまく味方につけられれば。特に、安房の国で船を提供してくれる者をうまく見つけられれば、可能かと」


「そうだな。海から鎌倉を衝ければ、案外とたやすく落とすことができるだろう。もちろん、陸からの援軍があってのことだが」


 そう言う義経の目は「戦の天才」の光を取り戻していた。


 國衡は、しばらく言葉を失っていた。しかし、やがて力強く言った。


「義経どのがああ言っているのだ。これはもう、勝利間違いない」


「しかし、そこまでやる必要があるのだろうか。鎌倉が、攻めてくるとは限らないのだし……」


 そう言ったのは、泰衡だった。


「何を言う。義経どのを差し出さなければ、軍を差し向けると言っているのだ。攻められるのを待つより、攻めていった方がいいに決まっているではないか」


 國衡が言った。泰衡は、少しおどおどした目をして言った。


「しかし、頼朝どのの目的は義経どの一人なのだろう。藤原氏に恨みがあるわけではない」


「兄上!」


 叫んだのは、三男の忠衡だった。


「それでは、兄上は、義経どのを鎌倉に売るおつもりなのか!」


「そうは、言っていない!」


「いいえ」


 義経は、静かに言った。


「もし、御兄弟の考えが、そうまとまるのなら……つまり、この義経を鎌倉に引き渡すことで、奥州の安全を図りたいとおっしゃるのなら、この義経は喜んで鎌倉に参ります」


「鎌倉に行かれたら、お命はありますまい!」


 そう言ったのは、まだ幼さの残る四男頼衡だった。


「もちろん……」


 義経は頼衡に微笑んで見せた。


「生きて、鎌倉に入ろうとは思っておりません」


 義経の言っている意味は、みな分かっていた。それを兄弟が望むのなら、義経は自害してもかまわない……そう言っているのだ。

 忠信は、唇をふるわせている。

 泰衡たちの次の言葉を待った。もし、義経の自害を望むのだとしたら、急いで「死体」を捜さなければならない。


「兄上!」


 忠衡がふたたび叫んだ。


「兄上は、まさか……父上の御遺言を、お忘れか?」


「そ、そうではない」


 泰衡は、あわてて言った。


「そんなつもりはない。ただ、義経どのが鎌倉に反旗を翻すつもりはなく、この平泉で静かに余生をおくると約束されたら、頼朝どのも攻めてはこないのではないかと……」


「情けない!」


 はき捨てるように言ったのは、國衡だった。


「どうして、そこまで頼朝の機嫌をとらなければならないのだ。それが、この奥州藤原氏の当主たる者の言うことか」


 その時、義経が、悲しげな微笑みを見せて言った。


「兄は……頼朝は、私の言うことを信じないでしょう。もし、兄に私を信じる気持ちがあれば、もっと以前に信じてくれていたはず……」


 その言葉に、一瞬の沈黙が流れる。

 このまま、義経を差し出す案に流れていってはまずい……そう思った月子は、慌てて言った。


「頼朝どのが狙っているのは、源義経ではありません。おそらくは、奥州のこの土地……金を産出し、港を持ち、そして名馬を産み出すこの土地です」


 これは、以前、忠信や義経にも言ったことだ。


「源義経がいようが、いまいが、頼朝どのはいずれ、ここに攻め入るでしょう」


「だから、その前にこちらから攻め入ろう……と言っているのではないか」


 國衡が怒鳴った。


「そうです」


 忠衡も声を上げた。


「父上の御遺言どおり、義経どのを大将軍として鎌倉を襲撃しましょう」


「その必要はない!」


 泰衡が言った。


「何故、こちらから攻める必要がある? わざわざ戦を仕掛けることはない。頼朝が攻めてきたとき、応戦すればよいではないか」


「何という気弱な……」


 國衡が言った。


「そんなことでは、国を守ることはできても、勢力を広げることはできない。今、頼朝を倒せば、天下の半分は我らのものになるのだ。まさに、好機ではないか」


 それでも、泰衡はうなずかなかった。


「勢力を広げることが、すべてだとは思わない。この平泉に、浄土を作ること……それが、我ら藤原氏の願いではなかったのか……」


 結局、軍議はまとまらなかった。

 決定したことは、ただ一つ。勅使が来たら「源義経は、当地には来ていない」と答えるということだけ。

 時間かせぎに過ぎない。こんな言い逃れをしていても、何にもならないことは、誰も分かっているはずだったが、それ以外には、何も決まらなかった。


「藤原の兄弟たちは、何を考えているのだろう?」


 その夜、忠信が訊いてきた。

 この四兄弟のそれぞれの思惑は見える。


「そうだな……」


 言葉を選びながら、忠信に話す。個人的な能力はともかく、忠信にとっては主筋にあたる人たちだから。


「國衡どのは義経擁護の立場でいるようだが、真実はそうではないだろう。彼は、国を広げ、自分のものとしたいのだ。当主の座が弟の泰衡にいってしまったことを、恨んでいるのかもしれない」


 忠信は、黙って聞いている。


「泰衡どのは世の静まりを望んでいるように見えるが……。単に波を立てたくないないだけだろう。御大将を差し出すことで戦が避けられるなら、それが最善と考えている。しかし、父上の遺言を破る勇気もないし、また御大将を殺したときの周囲からの非難もおそれている」


「忠衡どのは?」


「忠衡どのと頼衡どのは、御大将のことを崇拝しているのだろう。兄二人よりも、御大将を大切に思っている。それは、御大将の御人柄ゆえだが……」


 自然と微笑みが浮かぶ。確かに、源義経という人は、人を惹き付けて止まないところがある。


「しかし、二人とも、あまりにも若すぎる。御大将の力にはなるまい」


 忠信は、ため息をついた。


「今日一日の軍議で、そこまで分かるのか……本当に、怖ろしい女だ……」


 忠信は、大げさに顔をしかめてみせる。

 その言葉には、さすがに傷ついた。だから、立ち上がって言った。


「こんな怖ろしい女には、用はないだろう。私は帰る」


「ま、待てよ!」


 忠信は、手をつかんで引き留めた。


「褒めたんだよ。怖ろしいくらい……その……賢い……と」


「褒め言葉とは、思えないが……?」


「そりゃあ、おまえの癖がうつったんだろう」


 言われて、思わず吹き出した。


「まあ、そういうことにしておこう」


 忠信の前に座りなおすと、忠信は尋ねた。


「しかし、これからどうなるのだ?」


「泰衡どのが、鎌倉への侵攻を決心すれば、問題はないのだが……」


『どうも、望み薄だ』とは、心の中でつけ加える。

 忠信は、難しい顔をして考え込んでいた。その忠信の肩に両手をかけ、唇を重ねる。


「月子……」


「しばらく、会えないと思う……」


「何故だ?」


 忠信は、驚きに声を荒げて言った。


「旅に出る」


「旅? どこへ?」


 たたみかけるように、忠信は訊く。


「おそらく、北へ」


「北? 何のために?」


「それは……今は、言えない」


「一人でか?」


 静かにうなずいてみせる。


「俺も連れて行け! いくら何でも、危険すぎる」


「だめだ」


「何故?」


 忠信の声は、だんだんと怒りを帯びてきていた。


「佐藤四郎忠信と言えば、この土地では名前の通った武士だ。そのおまえが、何日も留守にしては、目だちすぎる」


「しかし……」


「心配するな。危ないことはしない」


「どこまで行くのだ?」


「さあ、それは、行ってみないと分からない」


「いつ、帰る?」


「それも、はっきりとは……十日くらいで、戻るつもりではいるが」


「月子……」


 忠信は、肩にかけられた手をはずして言った。


「俺は、納得できない。もっとちゃんと話してくれ」


「時が来れば、きちんと説明する。今は、これが、精一杯だ」


 忠信は憮然とした表情のまま、黙ってしまった。

 しかたなく忠信の背に手をまわし、その身体を抱きしめた。そして、ささやいた。


「抱いてくれないのか? しばらく会えないというのに……」


 忠信は、大きくため息をついた。


「おまえには、負けたよ」


 早朝、忠信との隠れ家を抜け出し、高館に戻った。

 そして、旅に出ることを義経に願い出た。義経は、


「忠信は、知っているのか?」


 と尋ねただけで、それ以上は訊こうとはしなかった。

 昼前には、月子は馬上の人になっていた。

 軍議に参加して、決心を固めたのだ。鎌倉侵攻の作戦は、國衡たちに任せようと。

 それが、実行に移されるかどうかは、結局は泰衡の決断を待つことになるのだろう。しかし、どんなに言葉を尽くしても、泰衡の心を変えることはできないだろう。

 ――この人は、決断しないことで、すべてを守ろうとしている。

ならば、自分は、鎌倉侵攻が実行されなかったときの準備をしておかなくてはならない。


 おそらく泰衡は、高館に義経を襲うだろう。高館は抜け出せても、そのまま何のあてもなく北へ逃げるわけにはいかない。

 まず、地図が必要だ。実測地図は無理にしても、だいたいの地形を把握しておきたい。

 そして、北への逃走路の要所に、協力を頼める人間を確保しておかなくてはならない。

 それを怪しまれずにできるのは、自分しかいないのだ。


 蝦夷が島――つまり北海道――までは無理としても、そこに渡る船の手配はしておきたい。

 そのためには、十三湊(とさみなと)まで行かなくてはならない。しかし、一回の旅ですべて終わらせられるとも思えない。


 今は、文治四年四月。月子の知っている史実通りならば、来年の閏四月三十日が衣川合戦になる。手配は今年中……しかも雪の降る前にしなければならないだろう。


『せめて、方位磁針があれば……』


 思って……すぐ首を横に振る。ないものねだりをしても、仕方がない。

 空を見上げ、太陽の位置を確かめ馬を走らせた。 

お読みいただきありがとうございました。

月子は、もう待てませんでした。

決断しない人々の中で、ただ一人、決断することを選ぶのです。

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