16 影に生きる者
義経には、生前から数えきれないほどの伝説がまとわりついています。
それらは、すべて後世の作り話なのでしょうか。
けれどもし、伝説が生まれるだけの「理由」が、当時すでに存在していたとしたら……。
今回は、その入り口に、月子が立つ回になります。
杉目小太郎行信は義経の影武者だ。だから、ふだんはあまり目立たないようにしているのだろう。影武者の存在を知られたら、影武者としての役には立たないから。それならば、あんなに早く義経の馬を用意できたわけも分かる。常に義経のそばに文字どおり「影」のように存在する行信なら、義経の命令なしに馬が用意できるはずだ。
「分かったのか、杉目の役目が?」
義経に訊かれ、月子は不用意にうなずいてしまう。
「何故、分かった?」
義経に問い詰められ、失敗に気づく。すぐには答えられない。言い訳を思いつく前に、義経は笑いながら言った。
「答えなくてもよい。しかし、こんなことが続くと、おまえがどんなに言葉で否定しようとも、『毘沙門天の遣い』だと言われても仕方がないと思わないか?」
月子が自室に引き上げたのは、もう夜も明けかけているときだった。朝焼けに茜色に染まる雲を見ながら、北行伝説は、やはり正しかったのではないかと、心が震えていることに気づく。月子をそんな気持ちにさせたのは、杉目小太郎行信の存在にほかならない。
義経には、常に伝説がつきまとう。牛若丸時代の天狗に兵法を習ったとか、五条の橋の上で弁慶と対戦したときに、欄干から欄干に飛び移ったとか……様々な伝説が生まれている。
月子が研究していた「北行伝説」もそのひとつだ。歴史上では、義経は「今」から四年後、奥州平泉で藤原泰衡に襲撃され自刃している。しかし、死んだのは義経ではなく影武者の杉目行信であり、義経本人は北へ逃げたという伝説が東北地方には根強く生きていて、月子もそれが真実ではないかと考えていた。
その根拠の第一は、義経の首級が鎌倉に運ばれるのに異常に時間がかかっていることだ。普通の行程ならば十余日で着くはずのものが、四十三日かかっている。しかも季節は夏、首級の腐敗は免れない。これが、首が義経本人のものかどうか判別を不可能にするためだったとしたら……。
さらに、平泉以北の東北地方、北海道の各所に義経ゆかりの地が点在していること。それゆえに、義経は東北に逃げた……から始まり、アイヌの神様になった、はては、モンゴルに渡ってジンギスカンとなった――という説まで飛び出すのだが……。
ジンギスカンはともかく、衣川では死ななかったという伝説は真実ではないか、と『喜多見月子』は考えていた。そして、今、その考えを強くする。杉目行信が影武者として実在しているならば……。
もうひとつ、月子にその考えを強めさせた理由があった。
それは「武蔵坊弁慶」がいないこと。
義経の郎等に僧兵は何人もいるのに、その名を名乗る者はいなかった。
実在を疑う学者もいるが、「吾妻鏡」に名があるため存在自体は否定されていない――それが、研究者としての月子の考えだった。
だが、その「弁慶」がどこにもいない。
実在すると言われていた「弁慶」が伝説なら、その逆もまた真ではないかと。つまり、正史と言われていた衣川での義経の死が間違いで「北行伝説」の方が真だということもあり得るのだ。
月子は、平氏の滅亡を防ごうと歴史への反逆を試みた。しかし、これはかなわなかった。平氏の滅亡は、紛れもない「歴史上の事実」だったからだ。
だが「義経の死」なら、伝説を真実にすることが可能なのではないか……月子の胸は高鳴った。
だが、細心の注意を払わなければならないこともわかる。
有盛の心を傷つけた――あの二の舞だけは出来ない。
命を救えても、心を救えなければ何にもならないのだから。
「心も……そして命も救う」
月子は、姿を現した太陽に、そうささやきかけていた。
数日後。
義経は、逗留場所を酒匂の宿から腰越の寺に移していた。
「お呼びですか? 月影です」
義経は、机に向かって何か書き物をしていたが、振り返って言った。
「平時忠どのだが……」
その苦しげな表情から、よい知らせではないことは月子にも察せられた。
「能登へ、配流になるそうだ」
ほっとしたような、がっかりしたような気分を味わう。時忠が能登に配流になるのなら、歴史通りだ。
「すまなかった」
「いいえ! 命を奪われても仕方のないところです。命だけでも助けていただけたのは、義経さまのお力……ありがとうございました」
「だが……宗盛どのは……」
「だめ……だったのですね」
「平氏の頭領だった方だから……断罪は免れない」
うつむき、涙をかくす。宗盛自身を好きだと思ったことはなかったし、宗盛が殺されることは歴史的事実として認識もしていた。しかし、数か月前までは身近で生きていた人が死ぬとなれば、やはり悲しい。けれども、涙を見せれば義経が苦しむばかりだ。
「おまえはどうする? 時忠どのと一緒に、能登へ行くか?」
一瞬、言葉に詰まる。考えもしなかったことだが、娘としては当然のことなのかもしれない。しかし、行きたくはない。このまま、義経の行末を見ていたい。
「……私がおそばにいては、御大将はお邪魔ですか?」
そうたずねると、義経はあわてて言った。
「そんなことはない。おまえさえよければ、ここにいてくれてかまわない」
「大したお役にも、立てませんが……」
義経は、じっと月子を見つめた。
「忠信が言っていた。月影は驚くほど世の中を見通すことができる、と」
『平月子は、未来が読める』という時忠の言葉は、月子がどんなに否定しようとも義経の頭から消えないのかもしれない。だが、義経は月子をそれ以上困らせはしなかった。
「静も、月影を頼りにしているようだ。私の郎等は猛者ばかりで、静には話しかけづらかったようだ」
確かに、頼朝がつけた郎等でなく義経子飼いの郎等は、盗賊あがりとか僧兵くずれとか猟師の子どもとか、素性の怪しいものが多い。それだけに、根はいい者ばかりなのだが……都育ちの静には抵抗があるだろう。
「これに、目を通してくれ」
ふいに義経は言い、書きかけの書状を差し出す。そして月子が返事をする間もなく、廊下へ出て伊勢を呼んだ。月子は書状に目を通した。文章は、
『左衛門少尉源義経恐れながら申し上げ候、意趣は、御代官の……』
と始まっている。なかば予想はしていた。有名な腰越状だ。読み進むうちに、伊勢が入ってきた。義経は伊勢にも、
「月影の読んでいる書状に、目を通してくれ」
と言った。
読み終わった書状を、伊勢に渡す。あらためて読まなくても、暗唱できるくらい読み込んだ書状だ。
「二人の意見を聞きたい。どう思う?」
伊勢が読み終わると、義経が言った。月子は伊勢の言葉を待った。しかし、彼も月子の言葉を待っているらしい。伊勢がいつまでも黙っているので、月子は仕方なく言う。
「これを、頼朝さまにおわたしになるのですね?」
「そうだ。だが、兄上は会ってくださらないので、大江広元どのから渡していただこうと思っている」
「大江広元……」
口の中でつぶやく。この書状……義経が血涙をそそぎ、悲痛なまでの兄との和解を望む腰越状の結果を月子は知っている。腰越状は何の効果もない。大江広元――学者の家の出で、鎌倉の新政権設立に参画した――が、頼朝に見せなかったのか、あるいは見せられても頼朝は動じなかったのか、どちらかは分からない。しかし、腰越状が全く無視されたことだけは事実だ。
月子も黙ってしまったので、義経はしびれをきらし言った。
「伊勢はどう思う?」
「……俺は……」
言いかけて、伊勢は口をつぐんだ。しばらく考えてから、
「申し訳ありません。無学なもので、ご書状の意味もよく読みとれず……佐藤忠信でもいれば、分かったのかもしれませんが……」
義経は表情を曇らせた。その表情を見て、忠信に「鎌倉には来るな」と言ったことを後悔した。どうせ鎌倉に入れないことは分かっていたのだから、忠信にあんなことを言うのではなかったと。忠信の不在が、伊勢にも義経にも心許なさを生んでいる。おそらく、月子以上に……。
『出さない方がいい』と言いそうになる口を押さえ込む。腰越状は役に立たない。むしろ、悪い方に働く。受け取った頼朝は「言い訳がましい」と思ったという説もある。無視されたことにより、義経の怒りは増し、鎌倉への反逆を口にしてしまう。だが、そんなことを言えば、「未来が読めるのか?」と言われてしまうだろう。そして、それを言えないとすれば、「出すな」という理由は思いつかない。言えることはひとつだけだ。
「文章の点では、申し分ないと思います。ただ、頼朝さまもむずかしいお立場ですから……」
「兄が、むずかしい立場?」
一言一言を慎重に選ぶ。事は、微妙な力加減を要求している。
「頼朝さまは今、新しい世の中を作ろうとなさっています。公家に頼らない武士の世の中を。それには、色々むずかしいこともあるのでしょう。御大将を弟として大切に思われていたとしても、心のままに、情に流されてはいけない場面も出てきます。ですから、この書状がなしのつぶてに終わっても、がっかりなさらないように……」
義経は、月子をじっと見た。
「本当に不思議だ。月影は、我々の思いもつかないことを言う。まるで、天から私や兄をながめているようだ」
どきっと胸が打つ。少し言いすぎたかもしれない。
「だが、これを出すのには賛成なんだな」
うなずくしかない。
「よし、では清書をして広元どのに届けよう」
義経の目は、生き生きとしていた。月子の言葉にもかかわらず、この手紙が頼朝の心を動かすと信じて疑っていない様子だった。これでは、期待を裏切られたときの反動がおそろしい。
それでも、月子にはもう、この流れを止める言葉が見つからなかった。
腰越状に対する頼朝の返事は、十日ほど後に届いた。
「平宗盛を京へ護送せよ」
という命令が、その答えだった。
口には出さなかったが、義経自身は戦の様子を直接兄に話し、兄からねぎらいの言葉をかけてもらえることを夢見ていたのだろう。もちろん恩賞もほしかっただろうが、何よりもほしかったのは、兄・頼朝の「よくやった」という言葉ではなかったのだろうか。義経のそばにいて、月子にはそれが分かった。
しかし、現実に義経にもたらされたものは、勘当、そして面会さえ許されずに京へ帰れという命令……。これには義経も怒った。その怒りの前には、腰越状を出す際の月子の忠告も何の効果もなかった。腰越を発つ際、義経は、
「関東に恨みのある者は、自分について来い!」
と言い放った。この言葉は、頼朝をますます怒らせることになる。その後、頼朝はこれまでに義経に分けられた平氏の没官領をすべて没収した。
京都に向かう旅の途中、義経に呼び出された。
「時忠どのは、明日、能登に向かわれる。会うなら、今日しかない」
月子は迷った。京都では同じ館で暮らし、鎌倉へ向かう際には同じ旅路にありながら、時忠とは一度も会っていない。壇ノ浦で別れたきりなのだ。義経も会えとは言わなかったし、月子もしいて会う努力はしなかった。
「父と会ったほうがよい……と御大将はお考えになりますか?」
逆に義経に訊いてみる。義経はうなずいた。
「能登に配流になると聞いて、時忠どのは落胆していらっしゃる。できるなら、京にと兄に進言したかったのだが……なにしろ、会うこともできなかったから……」
義経は、自嘲めいた口調で言った。
「会います!」
即座に答える。父に会いたいというより、少しでも義経の考えに従うことによって、義経の自信を取り戻させたかった。
時忠は、思いの外元気だった。もっとも、義経は捕虜とはいえ彼らを丁重に扱っていたから、健康を害するような心配はなかったが。
「月子……まだ、そんな姿をしているのか?」
男装を見て時忠は言った。
「今は月影と呼ばれています。義経さまの郎等の一人です」
時忠は眉をひそめた。
「郎等……? では、おまえは義経どのの想い者ではないのか? 私は、てっきり……」
「何故、そのようなことを?」
「義経どのが、それらしいことを言ったのだ」
時忠は、納得がいかない表情で言った。
「堀川館で、『娘御は、私がおあずかりしています。ただ、時忠どののお子であることは隠していますが』とおっしゃった」
「それがどうして、義経さまの想い者だということになるのです?」
これでは歴史どおりだと、妙に感心しながら尋ねる。
「義経どのは、おまえからの伝言だと言ってこうおっしゃった。『月子は無事で、幸せに暮らしています』と。当然、義経どのに愛されていると思うではないか」
「義経さまが愛していらっしゃるのは……」
『静御前一人』と言おうとした口を閉じた。義経の妻であると思っていた方が、時忠は安心するのかもしれない。女には自分の意志で運命を切り開く力などないと、信じて疑っていないのだから。そして、一生を能登で暮らさなければならない時忠にとっては、そう勘違いしていた方が幸せなのかもしれない。
「どうした?」
「いえ、べつに」
思いのほか冷たい言い方になってしまっていた。義経と静御前の純愛を汚されたように感じたからかもしれない。
「……私が生きているので、月子は怒っているのか?」
時忠は、ポツンと言った。
「有盛も、知盛も、平氏はみんな入水して果てた。生き残ったのは、私と時実、宗盛親子だけ。生き恥をさらしていると、潔くないと……思っているのだろう?」
「そんな風には、思っていません」
意識をしなくても、声は穏やかになっていた。
「今、生きていることが生き恥をさらしていることになるのなら、私も同じです。でも、違います。有盛さまも、知盛さまも、私に『生き延びて、平氏の行末を見届けてくれ』とおっしゃいました。父上も宗盛さまも、平氏の行末を見届けるために生き延びられたのです。そういう運命だったのです」
時忠の瞳には涙があふれていた。父は、父なりにつらい思いをしていたのだ……そしてこれからも……。月子は、壇ノ浦以来はじめて、父を許そうという心持ちになっていた。
その後、篠原宿で宗盛父子は斬首される。その首級を持って、義経は失意のまま京都へ戻った。そんな義経に従いながら、月子はまたしても歴史が一分の狂いもなく進んでいることを感じていた。
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