「処刑の夢」
前書きは、特にありません。
動悸をおぼえながらに起床する夢は、これまでにも幾度かみた。先日みた夢は、ここ数年で殊に印象深いものであったから、こうやって書き残しておきたい。
処刑の夢である。
大きな広場があって、広場から丘に伸びた長い階段に、人々が列をなしている。
夕方の光景であったか。
しかし、西陽はなかった。
それとなく、夕方であろうと考えていた。
列に加わる。
急かされて並んだわけではない。
見上げると、木製の絞首台が、丘の各地点に並べられており、若い女性の刑が今なお、執行されようとしている。
執行が済めば、列はすすむ。
次第に視界は開けて、絞首台の手前まできた。
若い男の刑が、執行されるタイミングである。
私の前にもう一名(これも若い男)並んでいる。
この辺でそれとなく、罪が分かってきた。
政府軍と反政府軍という言葉が浮かんでおり、私は政府軍の残党として処刑されるようなのである。
加えてこの時、ドストエフスキーの処刑直前に関する一文や、巣鴨プリズンに関する一文が浮かんでいた。
ドストエフスキーは銃殺刑の直前で、恩赦をもらい助かる。
巣鴨プリズンについては、ここ最近読んでいる本であった。死刑囚の誰しもが、堂々として取り乱しはしなかったと。教誨師であった著者の言葉にあったのだ。
青年の刑が執行される。
どかんと床が落ちる。宙吊りの青年はもがきながら、左右の木組みを掴まんとしている。
その悲惨な姿をみて、私の前に並んだ青年が手を差し入れた。木組みには空間があったから、その空間から差し入れたのである。
差し出された手に足をのせようと、青年は必死だ。
すると、兵服姿の男が現れる。
彼が、手を差し出した青年をあしらってしまった。
果たして、刑は執行されてしまったのである。
※この兵士はアジア人の面貌であった。
さて、私の前に並んでいた青年(あしらわれた青年)の姿は消えており、執行の順番はまわってきた。
わたしは、実にありきたりなことを考えていた。
苦しいのだろうか。瞬時にいけるのだろうか、と。
しかし、先ほどの光景が焼き付いていたからか、瞬時にいけそうにもないことは、確信していた。
溶けた飴のように伸びた生の時間。
その時間が、一瞬にして断ち切られるという、生々しい事実。
一つの絞首台を、二名の兵士が管理している。
その内のひとり、帳簿をつけている兵士とすれ違い、絞首台の階段を昇ろうとする時、ある考えがわたしを襲った。
本日死ぬということを、父母に伝えていない。そんな、想念であった。
この考えに侵されるや、これまでにない恐怖をおぼえる。父母に伝えずに死んでしまうと、いったい誰が父母に、私の死を知らせるというのだろう。
よって、帳簿をつけている兵士に、直談判してみた。
「父母に伝えたい。いまから死ぬということを」
いくつか言葉を交わしたが、回答はあっけなかった。
「それなら、伝えてくるといい」
皆が並ぶ通路の傍に設けられた、小さな、頼りない階段を駆け下りていく。左右には痩せた雑木林。林間から、陽に照らされた住宅街の景色がちらつく。
中途までくると、父が、去年死んだ犬と散歩をしていた。わたしと、父と、犬とで階段を降り終え、元居た広場に戻る。そうして、父に伝える。
「政府軍の人間として、これから処刑されるらしい」
父は落ち着いて、私の話しを聞いていた。
ここで、夢は終わったのだ。
あとがきは、特にありません。




