第3話
第3話
「逃げるな!立ち向かえ!」
このまま逃げれば、村の中まで問題が及ぶだろう。
ここではむしろ、村の中ではなく外に奴らをおびき寄せなければならない。
しかし、村人たちはすでにパニック状態だ。
今、ホセップにできることは一つしかない。
「おい、ヘルビーストども!こっちだ!」
ホセップが叫ぶと、ヘルビーストたちの視線が皆、ホセップへと向かう。
自分に注目が集まったと気づいたホセップは、そのまま森へ逃げようとするが。
ピシュッ。
どこからか飛んできた投射物に、彼は動けなくなりそのまま倒れた。
「な…なんだ…これは…」
菱形の鋭い棘。
それはヘルビーストの背中に生えていた背骨だ。
彼の脳内に分泌されるアドレナリンで痛みは感じなかった。
しかし、それとは対照的に足はまともに動かない。
「ちくしょう…!」
何とか這ってでも視線を他へそらそうとするが、ホセップにできることは何もなかった。
ただ、先ほど食われた村人の血が混じった唾液を垂らしながら 달려오는 헬비스트の餌食になるだけだ。
「神よ…どうか、村に救いを…」
そう呟いていたホセップ。
その時、彼の視界に誰かが入ってくる。
大きな翼を羽ばたかせ空に浮かぶ、美しい女神。
ヘルビーストに体を食いちぎられる苦痛の中でも、彼は微かに笑った。
「神様が…お越しになったんだな…よかった…」
『ジャッジメント・スピア』
天使の美しい声が聞こえると同時に、空から光でできた巨大な槍が現れ、その槍は地上に飛来して衝突し、強烈な光の爆発を引き起こした。
しばらくして、強烈な光が消える。
それが消えた瞬間、人々は見た。
空に浮かぶ、巨大な翼を持つ神が、自分たちを見下ろしているのを。
「神よ…!」
村人たちは皆、膝をつき、両手を重ねて目を閉じ、頭を垂れた。
羽ばたきながら空にいた女神は村の中へ降りてくると、辺りを見回した。
「この村の代表者は誰だ?」
「女神様、私がこの村の村長、ゼボロでございます」
杖をつきながら近づいてきて、膝をつき平伏する老人。
女神は彼をじっと見下ろした。
「私は懲罰の女神レモトリア。お前たちに、我が主様の命を伝えに来た」
「主様と申されますと…?」
「この村を捨て、我が主様が建国された国の民となれ」
***
森を歩く四人。
「あ…あの…レモトリア様…」
背中に白黒の翼を持つ懲罰の女神、レモトリアが首を少し回して後ろを振り返った。
「なんだ?」
「レモトリア様がお仕えする方ということは…その方も神なのでしょうか?」
懲罰の女神レモトリア。
女神が仕える人物ならば、神か、あるいは神々の王であるはずだ。
彼らの後についてくるトリタ村の代表団は、果たして自分たちが会ってもいいような人物なのかと不安に思っていた。
レモトリアは彼らの心を読むかのように視線を前に戻し、告げた。
「あの方は神ではない」
「は…?神でなければ…その方は何者なのですか?」
「あの方は絶対者。神すらも逆らうことのできない、この世界の主であられる」
瞬間、理解が追いつかない村人たちが、わずかに眉をひそめて唾を飲み込んだ。
神すら逆らえない世界の主だと?
そんな存在は、どの書物でも聞いたことがなかったからだ。
「そのような方が、なぜこのような場所に…」
「あの方は、この世界に到着されたばかりだ。間もなく、あの方の名は、この地上のみならず、地下と天界にまで知れ渡るだろう」
そう言うと、白黒の瞳をきらりと光らせ、彼らに告げた。
「お前たちは幸運だ。あの方の最初の民となれるのだから」
そう言うと、レモトリアはそれ以上口を開かなかった。
彼らは疑問に思ったが、もしここで不信を表せばレモトリアがどう反応するかは容易に想像できたため、三人はそれ以上何も問わず、黙ってレモトリアの後をついていった。
そうしてどれほど森の中を進んだだろうか。
三人は目を見開き、目の前に広がる光景を眺めた。
「ようこそ」
一人の男が玉座に座っていた。
フード付きのローブなのか、何なのか分からない袖のないパーカーを着て、ズボンもまた、この世界では絶対に見られないデザインの青いズボンを履いている。
顔の形や目鼻立ちも、彼らがこれまで見たことのないタイプの顔。
しかし、それが奇妙だというよりは、むしろかなりの好感を与えていた。
「お前たち、何をしている?」
レモトリアが彼らを恐ろしい形相で睨みつけた。
その瞬間、我に返った三人は、すぐさま膝をつき、頭を垂れた。
「も…申し訳ありません。恐れ多くも、我々が絶対者様のお顔を…」
「おいおい、レモトリア。そんなに怖がらせるなよ」
「この地上の国家の長たる王でさえ、民は顔を上げて見ることなどできません。ましてやイカロス様であれば、民はそれ以上の礼を尽くすべきかと存じます」
イカロスと呼ばれた男が玉座から立ち上がり、彼らのもとへ歩み寄ってくる。
「まあ、お前の考えがそうなら、止めはしないけどな」
そうして彼らの前に着いたイカロスは、しゃがみ込んで彼らを見下ろし、言った。
「じゃあ、ちょっと話をしようか」
***
今回のトリタ村の戦闘を見て、驚いたことが三つある。
一つは、レモトリアが相当強いということだ。
俺はHoWのストーリーをすべてクリアしているから、こいつがかなり強いやつだということはすでに知っていた。
ゲームの中でもこいつを倒すために、何日も頭を悩ませて必死になったものだ。
しかし、実際に目にするレモトリアは、俺が知っていたよりもはるかに強力だった。
ゲームの中でクリープを一撃で倒す方法などなかった。
当然、一撃で倒せれば経験値を得るのが楽になり、いくら難易度を上げても、こいつが一撃でクリープを倒せるように作られてしまえば、クリア自体が不可能になる。だから開発会社も、こいつが経験値を多く稼ぐことはあっても、一撃で仕留められないように調整していた。
だが、今回の戦闘では、中型のクリープであるヘルビーストが一撃で死んだ。
それも、一体ではなく複数体がだ。
そして二つ目。
英雄が倒した経験値を、俺も同じように共有できるということだ。
`「自分の情報を確認してください」`
レモトリアがクリープを倒した後に、俺の目の前に現れたチュートリアルだ。
自分の情報を開くと、俺の名前と年齢、レベルやステータスなど、様々な情報が目の前に現れた。
今の俺のレベルは32。
あれだけ多くのヘルビーストを倒して、大量にレベルが上がった。
ステータスはまだ分配していないが、基礎ステータスですら他の英雄たちより3倍ほど多い。
つまり、今の俺は、目の前でジャッジメント・スピアでヘルビーストを倒したレモトリアより強いということになるが…。
いくら自分の体を見ても、以前と全く同じ姿であるだけで、自分が強いとは信じられない。
そして最後の三つ目。
人々の姿が、思った以上にリアルだということだ。
夢というのは、本来、自分が見たものが投影されて見えるという。
しかし、今俺が見ているこの村人たち。
この人々は、俺が一度も見たことのない顔だ。
そもそも彼らの姿は西洋人とそっくりだが、俺が見た西洋人の顔は、ほとんどが映画俳優や歌手といった芸能人ばかりだ。
こんな普通の人の顔は見たことがない。
似ている人でも思い出そうとしてみるが、何も思い浮かばない。
「あの…」
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてた」
詳しいことは後で調べるとして、今はこの人たちと話をする時間だ。
「まずは自己紹介から。俺はイカロス。ここに国を作ろうとしている」
「私はトリタ村の代表、ミホルと申します。そして隣にいるのはテスとデベルです」
三人が立ち上がり、頭を下げる。
「ああ。よろしくな」
「は…はい…」
彼らの顔には皆、不安の色が浮かんでいる。
当然、怖いだろう。
レモトリアが俺を絶対者と称し、無礼を働けば容赦しないと言ってあるのだから。
一言一言話すたびに、首を刎ねられるのではないかと不安で話せないのだろう。
それなら、ここでは俺から話を切り出さなければ、まともな会話はできないだろうな。
「まず、ここまで来てくれてありがとう。かなり大変だっただろう」
「とんでもございません!ここはトリタとさほど離れていませんし、村を救ってくださったお方です。当然、お会いしてお礼を申し上げるべきです!」
「これはささやかですが…我々からの贈り物です」
彼らが持ってきたのは、ワインが一箱。
「お、ワインか。美味そうだな」
「トリタができた日に仕込んだワインです。それほど古くはありませんが、我々が差し上げられるものの中で最も貴重なものといえば、これくらいしかございませんので…」
「いやいや。俺は酒が嫌いな方じゃないからな」
この酒は今夜、試飲することにしよう。
でも、つまみがないな…。
ティロン
`「TIP:数値化された食糧を取り出す方法」`
ティップを見ると、どうやら俺のステータスに記載されている食糧を取り出せるようだ。
食糧ボタンを押すと、果物、パン、肉、酒、飲み物など、数多くのアイコンがずらりと並ぶ。
その中で俺が持っているのは、パンと果物だけ。
彼らが置いたワインに触れると、ワインは瞬く間に消え、酒のアイコンの横に数字が加算される。
「おお…!」
ワインが消えると、彼らは驚いた目で俺を見つめる。
わずかに畏敬の念が感じられるような気もするが、おそらく俺の気のせいだろう。
「俺がお前たちを呼んだ理由は、来る途中でレモトリアから聞いたよな?」
「は…はい…我々を絶対者様の民として迎え入れたいと…」
「絶対者…ってわけでもないと思うけど、まあ、そうだな。俺がお前たちをここまで呼んだ理由は一つだ」
「詳しいお話をお聞かせ願えますでしょうか?」
俺は微笑んで頷いた。
「俺はここに国を建てようとしている。国名は…まだ決めてないけど、建国は済んでる。あとは、この誰もいない森に民を迎え入れるだけだ。そして、その民として選ばれたのが、お前たちだ」
「我々…でございますか…?」
「ああ。お前たちはここから近いし、人口も多すぎず少なすぎない。今、二人ほど抜けたみたいだけど、それでも18人いれば、今のところは十分な数だ」
「ど…どうして我々の人口を…」
「俺にとって、お前たちの情報を知るのは、そう難しいことじゃない」
三人の表情に、わずかに恐怖が感じられる。
そりゃ当然だろう。
気づかれずに情報を簡単に知れるということは、それだけ殺すのも簡単だということと変わらないのだから。
何より、気分のいいことではない。
「お前たちが俺の民になれば、お前たちの安全と繁栄を保証する。腹を空かせることは、まずないと思うぞ」
俺はこれまで何十回、何百回とHoWをプレイしてきた。
序盤の運営にはうんざりするほど慣れている。
今、この状況はゲームと少し違うが、システム的に似ているなら、ビルドもこの世界で通用するはずだ。
その通りにやれば、飢えるどころか、豊かで暖かく、満腹で暮らせる。
「どうだ?これならお前たちにとっては、完璧な提案だと思うが?」
悩んでいた彼らの一人が、おずおずと手を挙げる。
「あ、いくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、聞けよ」
「一つ目に、我々が民として入るとした場合、我々は何を提供しなければなりませんか?」
「お前たちが提供するのは三つだ。一つは労働力、もう一つは税金、最後の一つは絶対的な服従だ」
「労働力と税金は理解できますが…絶対的な服従と申しますと…?」
「文字通り、絶対的な服従だ。俺が命じることは何でもこなし、俺を助けてこの国の繁栄を導くこと」
この絶対的な服従を求める理由は一つしかない。
俺の立てる戦略を、誰にも拒否させないためだ。
HoWでは、実際の人間が命令を聞いたら拒否するほど奇妙な戦略が多い。
それに反抗できないように、釘を刺しておくための条件だ。
「承知いたしました…では最後に…」
ミホルは唾を飲み込み、俺に尋ねる。
「もし我々が、民になることを拒否した場合は…どうなりますか…?」
「拒否した場合?」
拒否するなら、方法は一つしかない。
「仕方ない。お前たちの村を、占領するしかないな」
暴力だ。
俺が攻撃しない理由は、あくまで反乱度のためだ。
反乱が起きると厄介だからな。
しかし、こいつらが俺の好意を受け入れずに拒否するなら、人口が必要な俺としては、反乱度を覚悟して攻撃するしかない。
人口が必要な俺にとって、好意を断られれば、力づくで従わせるしかないということだ。
そうしてこそ、俺もここで自分の戦略通りに動ける。
俺の言葉に、奴らの顔が真っ青になる。
「さて、答える気になったか?」
「イカロス様、申し訳ありませんが…!」
「なんだ?」
「移住の件は、我々だけでは決められません…!村に戻った後、村人たちと相談してもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ」
レモトリアの視界から見て、こいつらは村長の代わりに代表として来た者たちだ。
おそらく、村長ほどの権限はないのだろう。
「ありがとうござ…」
「期限は三日だ」
しかし、俺もいつまでも待ってやるわけにはいかない。
「三日以内に答えを持ってここに来なければ、こっちから出向くしかないってことを、覚えとけよ」
「は…はい!承知いたしました!」
俺に頭を下げて挨拶すると、素早く森を出ていく。
「イカロス様。このまま行かせては、彼らが逃げ出すのではないでしょうか…?」
「俺が思うに、そんなことはないと思うがな」
レモトリアが不思議そうな顔で俺に尋ねる。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「この辺りに村がいくつあるか知ってるか?」
「存じ上げません」
「トリタを含めて三つだけだ」
「三つ、でございますか…?」
「ああ。残りの二つはそう離れていないから、逃げても他の村に身を寄せることはできるが、トリタはぽつんと離れた場所にある。ここから他の村へ逃げたとしても、距離が遠すぎて、途中でクリープに命を落とすだけだ」
「あぁ、それで…!」
「そうだ。結局、結果は決まってるってことだ。ただ、その過程に暴力があるか、ないかの違いでしかない」
今の俺にとって、人口は一人一人が貴重だ。
20人だったのが2人減り、ただでさえギリギリだった人口が、さらに厳しくなった。
もしここでこいつらが拒否すれば、人口はさらに減ることになる。
俺もかなり困ったことになる。
「とりあえずは待とう。三日もすれば結果は出るだろうからな」
「はい!」
「それまで、お前にやってもらうことがある」
レモトリアは礼儀正しく片膝をつき、頭を垂れる。
「ご命令ください、イカロス様」