第2話
第2話
【懲罰の女神レモトリアが、プレイヤーの命を受け地上に降臨しました】
目の前にウィンドウがポップアップする。
「これが…本当にレモトリアなのか…?」
白と黒が調和した髪と翼。
美しい顔に、彫刻のような体。
「綺麗すぎだろ~」
夢の中にこんな人が現れてもいいのか?
このままだと、道を踏み外してあれこれやらかしてしまいそうなんだが…。
「主様、私<わたくし>レモトリア。あなたの呼び声に応じ、地上へ参りました。ご命令を」
召喚した英雄は、俺を主として仕えるのか?
だとしたら、俺としては楽でいいな。
「ああ、レモトリア。俺がお前の主、イカロスだ」
イカロス。
HoWをプレイする時、いつも俺が使っていたニックネームだ。
本名でもいいが、せっかくHoWというゲームの夢を見ているんだし、ニックネームで通しても問題ないだろう。
「イカロス様…記憶いたしました」
「そんなに固くならなくていい。楽にしてくれ」
「ですが…」
「ですがも何もない。俺の命令が聞けないってのか?」
「い…いえ!」
「じゃあ、呼んでみろ」
レモトリアは恥ずかしそうに身をよじり、顔を赤らめて言った。
「い…イカロス…」
綺麗な女性に名前を呼ばれると、なんだか照れくさいが気分はいい。
「ほら、できるじゃないか」
「や…やはり、できません!せめて『様』をつけさせて…」
「そんなに抵抗があるのか?」
「いえ…服従すべきお方に対して言葉を崩すこと自体、少し抵抗を感じてしまい…申し訳ありません!」
どうやら召喚された英雄には、主を崇拝せよというような条項が強制的に適用されているらしい。
「そんなに嫌なら、お前のやりやすいようにしていいぞ」
「ありがとうございます、イカロス様!」
レモトリアがぱあっと明るく笑うのを見て、俺まで気分が良くなる。
「では、イカロス様」
「ん?」
片膝をついて俺を見上げていたレモトリアが立ち上がり、どこかを睨みつけ始めた。
そして、手を伸ばす。
「全世界の生きとし生けるものに、イカロス様が降臨されたことを知らしめましょう」
「知らしめるって?」
「国家を一つ、破壊することで…」
「待て!」
俺はすぐにレモトリアの腕を掴んだ。
「あっ…!」
レモトリアは驚いたように、顔を赤らめる。
「イカロス様ったら…私がそんなにお好きでしたら、そうおっしゃってくだされば…」
「いや、そうじゃなくて…まだ、人々に知られたくないんだ」
「は?ですが…お伝えしなければ、生き物たちが貢物を捧げに来ないでしょう」
「レモトリア。今の状況を見てみろ」
レモトリアが周囲を見回す。
建物といえば石をいくつか積み上げただけの祭壇と、ぽつんと置かれた玉座が一つ。
こんなところに誰が貢物を捧げに来るというのか。
「見れば分かるだろうが、今の俺には家もなく、兵士もいない、何もない王なんだ。こんな俺に貢物を捧げに来る奴がいると思うか?」
「ご心配には及びません。貢物を捧げに来ない国家は…」
レモトリアの表情が険しくなる。
「私が全て、殲滅いたしますので…」
「いや、殲滅はちょっと…」
HoWには数多くの英雄が存在する。
今、他の国家にも英雄がいる可能性はゼロじゃない。いくらチート級の性能を持つレモトリアでも、すでに始まっているゲームの中でレベルアップした他の英雄たちに勝てる保証はない。
「俺たちが先に他の国家を攻撃して、こっちを討伐するための連合でもできたら、俺が困るんだ」
「イカロス様のお考えがそうなのでしたら…」
「だから、攻撃はもっと発展して、準備が整ってからだ」
レモトリアは片膝をつき、頭を垂れた。
「はい」
「さて、と…どうするか…」
建築ウィンドウを開き、再び建物を眺めた。
すべて建てられるとはいえ、条件がついている以上、今建てられる建物はない。
「今、俺がやるべきことは人口の確保だ…」
ゲームの中では、メインの建物を建てれば自動的に人口が増え、兵力を生産できた。
兵力を生産すれば人口が満たされ、その人口に応じて補給庫と共に建物を追加できた。
しかし、今は?
建てられる建築物UIに補給庫は存在するが、基本的な資源採取ユニットを生産するためのメインの建物であるタウンホールの条件が人口10だ。
つまり、俺が自力で人口を集めてこなければならないということだ。
「今必要な人口は…」
英雄は人口に含まれないので、10人のまま。
10人の人員を確保して初めて、タウンホールが建てられるということか…。
「何をそれほどお悩みに?」
レモトリアが玉座に座って悩む俺の隣にやって来て尋ねる。
「ああ…タウンホールを建てるのに人口が少し必要でな。どこで確保するか悩んでるんだ」
「人口でしたら、周辺の村に懲罰を下し、こちらへ連れてきて民とすれば…」
「レモトリア。さっき俺が何て言った?」
「攻撃は発展してからと…」
「じゃあ、お前が言った懲罰を下すというのは攻撃か、そうじゃないか?」
「…攻撃です」
しょげたレモトリアの翼が、しゅんと垂れ下がる。
「レモトリアが言うように、村を攻撃して占領し、人口を増やす方が楽ではある。だが、それで反乱でも起きたら少し厄介でな」
HoWには反乱システムが存在する。
村を占領する際に暴力を用いると、『反乱度』というものが加算されるのだ。
反乱度が最大になると、占領した場所で反乱が起き、中立の村や都市になってしまう。
そして反乱が一つ起きると噂システムによって、占領した他の村や都市の反乱度が瞬く間に増加し、連鎖的に爆発する。
そうなれば即、敗北確定だ。
マップの90%を掌握していても、一瞬で戦況がひっくり返されてしまう。
反乱度なしで村を占領するには、二つに一つ。
クエストを通じて村の民心を得て国家に帰属させるか、金銭による買収しかない。
「では、どうなさるおつもりですか?」
「まずは、近くに村があるかどうか確認してからだな」
俺がここに拠点を構えた以上、あまりに遠い村を手に入れるのは非効率的だ。
今は人口がいないから食糧は減らないが、人口ができてからは一定時間ごとに食糧が減り続ける。
だから、よく考えなければならない。
ここまで来るのに時間がかかりすぎず、人口も多すぎず、少なすぎない村。
「見つけた…」
幸い、今俺がいる場所からそう離れていないところに村が一つ見える。
トリタ村だ。
ティロン
マップにある村のアイコンをタッチすると、村の情報が表示される。
`「トリタ村」`
`[位置]`
`北西部フォレスト・サイドウォーク境界`
`[人口]`
`20/24`
`住民構成:人間 20`
`[資源]`
`小麦/ブドウ/木材/石材`
`[建物現況]`
`住宅 6 / 倉庫 1 / 伐採所 1 / 採石場 1 / 風車製粉所 1`
`[兵力]`
`守備兵:*/*(不明)`
`[管理者]`
`***(不明)`
`[税収]`
`**G(不明)`
`[危険度]`
`高`
`[脅威レベル]`
`低`
`[成長度]`
`小規模`
20人いれば、タウンホールを建設しても兵士養成所まで建設可能な人口だ。
もちろん、兵士養成所をすぐに建てるつもりはない。
まだ知られていない今、資源を最大限集めなければならないからだ。
そうしてこそ、後々の戦いに備えることができる。
ただ一つ、気になるのは。
「危険度が高い、か…」
危険度がかなり高いということ。
つまり、今あの村は誰かに攻撃されている可能性がある。
そうでなければ、近くにクリープがいるとか。
「レモトリア」
「はい」
「今すぐトリタ村へ向かえ。そして、トリタ村が攻撃されていたら助け、俺に帰属するよう説得するんだ」
「承知いたしました!」
レモトリアの翼が大きく広がり、瞬く間に飛び上がってトリタ村の方角へ移動していく。
「さて、と…俺がやるべきことは…」
玉座に座って待つだけだ。
`「TIP:英雄が見ている視界を確認できます。視界の確認方法は…」`
ティップに表示された通りにすると、目の前にウィンドウがポップアップし、その中にレモトリアが見ている風景が映し出された。
「見物でもしてみるか…」
一度でいいから使ってみたかった英雄、レモトリア。
あいつの性能がどれほどのものか。
***
野原の上に建てられた村、トリタ。
成人男性たちが外に出て、緊張した面持ちで正面を見つめていた。
彼らの手にはそれぞれ農具が握られていたが、その農具はかなり古びており、強い衝撃を与えれば壊れてしまいそうだった。
(勝てるだろうか…)
今の状況は、村の存続が脅かされるほどの危機的状況だった。
村の外へ狩りに出ていた村人の一人が、クリープの移動を知らせてきたからだ。
彼が知らせてきたクリープがスライムだったなら、彼らが持っている錆びた農具でも簡単に倒せただろう。
しかし、彼が知らせてきたクリープは、村にいる数少ない男たちで倒すにはあまりにも手に余るクリープ、ヘルビーストだったのだ。
「なんでよりにもよってヘルビーストなんだ…!」
周りからは、すでに嗚咽がいくつか聞こえてきた。
まだできてから数年しか経っていない村だった。
「ようやく製粉所を建てて食糧の心配をしなくて済むと思ったのに…他の奴ならまだしも、ヘルビーストどもが来るなんて…」
「神よ…我らをお見捨てになるのですか…!」
これまで敬虔に、毎晩すべての家で祈りを捧げてきたというのに。
村を作るときには神に生贄まで捧げ、守ってほしいと頼んだ。
それなのに、なぜ神は自分たちにヘルビーストを遣わしたのだろうか。
「大丈夫です!これも神様が村にお与えになった試練です!」
一人の青年が前に出て、人々に叫んだ。
「村が危険になれば、神様が降りてきて我々を守ってくださるはずです!」
長年の農作業で鍛えられた屈強な体。
短い髪に、角張った顔に刻まれたはっきりとした目鼻立ち。
「そ…そうだ…ホセップの言う通りだ!」
「神様が俺たちを見捨てるはずがない!」
ホセップの言葉に勇気づけられた人々が叫んだ。
「ふぅ…」
口ではそう言ったものの、ホセップも怖くないわけではなかった。
神というものが本当にいるのだろうかと疑問に思うのは、ホセップも同じだった。
もし神が本当にいたのなら、そもそもこんな状況にはならなかったはずだ。
こんな不敬な考えを持ってはいけないと頭では分かっていたが、ヘルビーストが現れたとあっては、不敬な考えが浮かばないわけがなかった。
(大丈夫…やれる…)
まだできたばかりの村だった。
中には愛する妻も、子供たちもいる。彼らにとって逃げることは許されない。
結局、彼らに残されたのは、守って死ぬことだけ。
自分がここで死ぬのも、神の思し召しなのだろう。
そう思って待っていると、彼らの正面から一人の男が走ってくる。
「みんな、逃げ…逃げろ…」
「…!」
グギャアアッ!
彼らに向かって走ってきた村人の頭が引きちぎられる。
血が四方へ飛び散り、血の刺激的な匂いに、後からついてきたクリープが皆、その男へと向かう。
身の毛もよだつ音が、彼らの耳を刺激する。
一度噛むたびに噴き出す血。
次第に赤く染まっていくクリープの口。
「あれが…ヘルビーストだと…?」
ぴんと立った耳。
そしてその横に見える、ぐるぐるとねじれた角と、巨体に見合うように発達した前足と後ろ足。
曲線を描くように湾曲した背中。
何より、すべてを喰らい尽くさんばかりに赤く染まった目と、鋭い牙。
「う…うわああああっ!」
何人かの男たちが悲鳴を上げ、村の中へと逃げ込んでいく。