表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/58

赤と金の捜査官

 いまだかつて、こんなにも派手な赤髪の警察官がいただろうか。いや、いない。警察官すべてを調査したわけではないけれど、保守的な公務員でこの髪色は一般的じゃない。

 パトカーでやって来た若い男性警察官は、赤髪の彼と初対面らしかった。いわく、

 

(あたえ)捜査官は、赤みがかった茶髪の方でいらっしゃると伺っておりました」

 

 ()()()()()()()()。控えめに表現するとそうなるのか。それで許されるのか。

 私は手錠で連なった彼——與捜査官を見上げた。日光を赤く反射する頭髪は、駐車した目前の家へと向かっていた。繋がれた私も必然的に連れられている。


「そちらの方は……?」


 若い男性警察官は、遅れて手錠に気づいたようで疑問の顔を見せたが、與捜査官に黙殺された。それ以上は私に言及することなく、パトカーへと戻らされた。応対からすると、與捜査官のほうが上の立場になるようだ。

 

 広々とした住宅の庭を横目に、玄関へと歩いていく。庭の手入れは行き届いているが、どこか暗い。生垣が赤々とした葉を茂らせて、周りを囲っているせいだろうか。

 無風の中、赤い葉がざわつく気配だけが、じわりと背を撫でる。空は青く澄んでいるというのに、ここだけ異様に鬱々とした影が落ちていた。

 私はなぜここにいるのか。タイルを踏みしめながら浮かんだ問いに、そろりと與捜査官の背中へ声を掛けた。

 

「あの……私って、事情聴取で呼ばれたんですよね?」

 

 反応はない。與捜査官は玄関の重厚なドアを開け、室内へと入っていく。追いかけるように私も靴を脱いだ。

 スリッパはなく、出迎える人間もいない。ストッキング越しに触れる床が、ひんやりとしていた。

 

「ここはどこですか? 捜査官さんは、私を迎えに来てくれたんでしょうか?」

 

 迷いなく進む與捜査官の長い脚に引っぱられ、私の足はもつれそうになるが、彼が止まる気配はない。彼は一階のドアを次々と開け、各部屋の中を確認している。確認といっても何かを調べたり触ったりするわけではなく、さっと室内を見回すだけで次へと移っている。私の問いは聞き流しているというよりも、彼の耳に聞こえていないような。

 鎖で繋がれた私をペットのように引き連れて、広い一階を回り尽くすと、今度は二階へ。デザイン性の高い階段の手すりは華奢な鉄製で、彼の速度に合わせて上がるには心(もと)ない。

 

「あの、もっとゆっくり……」


 申し入れは叶うことなく、階段を上がりきってしまった。二階も下と同じように回っていく彼の後ろを、私は半ば諦めの気持ちで追った。無人の家を黙々と見て回るのがなんの儀式か分からなかったが、一通り作業が落ち着いてから声を掛けなおすことにした。

 

 ——しかし、

 ぞわっと襲い掛かった寒気に、全身が鳥肌立った。何か見えない影に踏み込んだかのような、不吉な気配が肌に染み込んでいく。

 一瞬止まった心臓が、激しく脈を打ち返す。それと同時に、足裏からは力が抜け、体は底冷えするようだった。

 どこからともなく迫りくる恐怖に、ただ息を潜めて耐えるしかない。

 小さく身を縮こませる私の横で、彼の足が止まる。振り向いた彼は片眉を上げ、怪訝(けげん)そうに私を見下ろしたが……ふと、目許の険しさを解いた。

 

「どうした?」


 問いかける声に、私は彼と瞳を合わせた。

 金の眼が私を見ている。胸の恐怖を掻き立てるような恐ろしい瞳だけれど、それは私を案じているらしかった。

 

「ぁ……」

 

 恐るおそる開いた私の唇は、意味のある言葉を発せられず、震えた(かす)れ声だけが小さく漏れた。

 金の眼は、私を見ている。瞬きひとつせず、じっと待つように。その瞬間が永遠に続くように、彼は静かに待っていた。

 どれほど止まっていたのか分からない。暗い闇の底に取り残されたような心地が、金の眼と見つめ合ううちに、その眼に(とも)る金の光を取り込むようにして(ほぐ)れていった。

 (おび)えきっていた心が落ち着くにつれ、恐怖の矛先がはっきりとする。まだ少し動きの悪い指先を無理やり動かして、私は彼の背の向こう——廊下の奥に見えるドアを指さした。

 

「あの部屋が……こわい、です」

 

 奥まった暗がりに存在する濃色のドアは、ぽっかりと空いた穴のようだった。

 私の指先をなぞって、彼は背後に目を投げた。片目をすがめて薄く息を吐くと、


「あの部屋か」


 私に問うたのか独り言なのか判断のつかない呟きをした。(うなず)いてみせた私に、彼は瞳を往復させる。背後のドアと私を、行ったり来たり。

 

「お前は、ここで待ってろ」

 

 数秒、彼は思考する時間を置いてから、手錠を外そうとした。私は脊髄反射で彼の腕を(つか)んでいた。

 

「あ?」

 

 チェーンを外そうとした手が止まる。ぎゅっと掴んだ彼の腕は頑丈で、わずかに昨日覚えた畏怖が重なった。

 身を下げた彼の顔は困惑に染まっている。金の眼は私に近づいたが、昨日のように(さげす)む色はなかった。

 

「なんだよ?」

「ひ、ひとりで待つのは……怖いです」

「はあ?」


 何を言ってるんだ。私は何歳(いくつ)だ。自分でも(はあ?)と思うが取り消せない。

 背の高い彼に、私はまるで小さな子供になってしまったような気持ちで、(すが)りついていた。

 

「このまま、繋いだままでいいですから」

「俺、あっちの部屋に行くんだけど?」

「それでも、このままでいいです。一緒にいましょう」

「えぇ~?」

 

 私の頑なな主張に彼は不本意な声を出したが、チェーンから手を離した。


「怖いんじゃねぇの? なんでついてくんの?」


 與捜査官は、疑念を唱えつつも濃色のドアへと向かっていく。彼の大きな背中を盾にすると、闇に手招くようなドアが隠れて、少しばかり安心できた。

 

 ドアは近くで見ると、(さび)色の木製だった。ドアノブに手を掛けた彼は躊躇(ちゅうちょ)なく引き、覚悟を決めかねていた私を(あざ)笑うように、扉はあっさりと開かれた。

 彼の背から、そっと顔を出してみる。妙に真っ暗な室内に戸惑ったが……

 

(この部屋、窓がない?)

 

 二階の廊下は、窓から()し込む陽光によって光を確保している。一階からの吹き抜けとなる階段は、採光性に優れた天窓があしらわれていた。各部屋も大きな窓が設置されていたかと思う。

 なのに、この部屋だけ窓がない。

 暗さに順応した眼で視線を壁に沿わせると、窓らしき形の枠を見つけた。窓枠の向こうには堅牢(けんろう)なシャッターが降りている。

 

(何も、ない)

 

 緊張感を裏切って、室内は無だった。無垢材の床はカーペットもなく、家具もない。備え付けのクローゼットらしき扉が壁にあるだけ。

 肩透かしを()うほど、何もない。生活の気配も人の体臭もなく、気になるのは、かすかに鼻にくる青臭い匂いくらい。

 空っぽの空間。なのに、なぜ。

 なぜ、こんなにも寒気がするのか。

 

「……捜査官さん」

 

 胸を締めつける不安に耐えられず、盾となる背中に呼びかけた。

 

「何もないみたいですし、早く出ましょ……?」

 

 振り向かない彼の横顔を、遠慮がちに下から覗き込んだ。そこで、私はハッと息を呑んだ。

 何もない部屋の、存在しないはずの()()を睨みつけるような金の眼が——燃えるように(きら)めいていた。まるで太陽の炎を閉じ籠めたかのような、(おそ)れ多い輝き。光が揺らめくたび奥で黄金(おうごん)の火花が弾け、燃え盛る(ほのお)のように明滅する。見る者を焼き尽くすほどの熱を孕みながら、どこか冷たい。凛とした美しさと、荒ぶる焔の異質さを同時に宿し、私は囚われるように目が離せなかった。

 

「捜査官さん……?」

 

 彼方(かなた)にそそがれる瞳を呼び戻そうと、彼の肘に手を触れた、刹那。

 指先からぞわりと這う、言葉にならない感覚が脊髄を駆け上がった。彼の内に巣食う何かが理性の皮膜をすり抜け、私の内側へ忍び込もうとする。

 本能が拒絶する。逃げろ、と叫ぶ。

 けれど、金の瞳の奥に燃える焔から、どうしても目を逸らせないまま——

 

 ()()()()()()()

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ