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神隠しの少女

 時に人は、あるはずのない道へと迷い込む。

 それを深淵(しんえん)に引きずり込もうとするのは、人にあらず——。

 

 

 

 その邸宅に足を踏み入れた瞬間、私は別世界に迷い込んだ気がした。

 

 息を呑む。

 高級住宅という言葉の域を超えている。広大な敷地の中にそびえ立つその建物は、小さな城のようだった。

 白亜の柱には彫刻が施され、高い天井には精緻なシャンデリアが輝いている。磨きあげられた大理石の床には一切の汚れがない。大きな窓の向こうには、端正に刈り込まれた庭園が広がっていた。


 横にいた(あたえ)と、思わず視線を交わす。これほどの豪邸は想定になかった。場違いな自分たちを顧みて退散したくなったが、帰るわけにはいかない。私たち二人は任務を遂行するためにやって来ている。

 我々の目的は、この豪奢(ごうしゃ)な邸宅に住まう少女に会うことだった。

 


「『神隠しの少女』を()てきてくれ」

 

 それは今朝のこと。

 捜査室のデスクに腰を下ろした菫連木(すみれぎ)室長は、なかなかに唐突な指令を下した。

 メンバーを一人欠いた室内は静まり返り、しばし沈黙と朝の陽射(ひざ)しのみがデスクの上を満たす。

 私、與、白月(しらつき)は三人で顔を見合わせ、

 

(今の指示だけで分かりました?)

(分かるかよ)

(おれも分かんない)

 

 互いに情報不足を確認し合う。

 代表して私が問うた。


「神隠しの少女、ですか……?」

「んん? 知ってるだろ?」


 さも認知済みのものを口にしたつもりの菫連木室長に、全員で首を振る。

 菫連木室長は首をかしげ、意外だなとでも言いたげに眉を上げた。

 

「最近、(ちまた)で噂になってる子なんだが……。行方不明の少女が、何事もなく帰ってきてな。その子が言うには、自分は()()()()()()()——と」

 

 神様。

 ワードを捉えた私たちの顔は、一様にしかめられた。くしゃっと潰した紙屑のように。

 神様から連想されるものを菫連木室長も思い出したようで、「そんな顔をしなさんな」と肩をすくめる。

 

「今回はちょいと違う。その子は(たた)られたわけじゃなくってな。他人の心を言い当てたり、未来を予言するかのような——つまるところ、神通力を得たらしい」

「あ~、スピリチュアル系な。そういう(やから)って定期的に現れんなぁ~? 今回はガキか」

 

 與が、服の流行を語るみたいにして応える。そんな與の今日の服は黒の柄シャツ。警察官には見えない。

 身体にぴたりと合ったスーツの菫連木室長は、苦笑して続けた。

 

信憑性(しんぴょうせい)はともあれ、そういう(もん)には人が集まってくる。その少女の(もと)にも、助言を求める人間が絶えず訪れているらしい。政界に力のある家柄なのもあって気掛かりでな。怪異が関わっているのかどうか、直接会って確かめてきてくれ」


 

 ——こういう訳で、我々は帰るわけにはいかない。

 私と與は艶やかな床を踏んで内部へと進んだ。

 

「先ほどご連絡を差し上げました、警察庁特異事件捜査室の與と申します」

 

 訪問の折にした與の口上に、応対した使用人はまったく動じなかった。


「恐れ入りますが、他の方と同様にお待ちくださいませ」


 要するに『警察庁であろうと特別扱いはしない』ということらしい。菫連木室長の話どおり、邸宅には私たち以外にもすでに多くの客が訪れていた。

 案内を待つあいだにも、信者のような人間、品のよい装いをした婦人、スーツ姿のビジネスマンが次々と訪れる。


「あぁ~、暇なヤツばっかだなぁ~?」


 與が辟易(へきえき)とした声を漏らした。

 応接間のような部屋へと通され、私も内心だけで與に同意していた。神隠しなんて世間の多くからすれば眉唾物だろうと判断していたが、思いのほか人が多かった。


 広々とした空間には、アンティークのソファとテーブルが置かれ、壁には見事な油絵が飾られている。待つように言われた以上、ここでじっとしているしかない。

 私たちはソファに腰を下ろすと、自然と少女の話に移った。

 

「対象の少女——霧島(きりしま) 沙羅(さら)ちゃんですが、まだ九歳だそうですよ」

「へぇ~」

「これだけ話題なら、小学校にも押しかける人とかいそうですね」

「周りからすりゃ迷惑な話だな」


 與は目を閉じ、背もたれに無遠慮に身を預けた。

 並ぶ私は、與の横顔に向けて尋ねる。


「……その眼で視たら、沙羅ちゃんが()()かどうか分かります?」

「物()きなら分かる」

「ものつき?」

「物の()に憑かれた人間。怪異が関わってるとしたら、これが一番ありえるな。人の眼では見えねぇもんまで視て、当ててみせる。行方不明のあいだに憑かれたか……」


 與はちらりと片目を開けて私を見た。金の眼ではなく、人の眼で。

 

「ただ、物憑きなら普通に見ても分かるだろ。まともじゃねぇ」

「そういうものですか……」

 

 瞳を見返し、私は午前中のうちに集めた情報を思い浮かべていた。

 

「行方不明……と室長は言いましたが、確認したところ、事件にはなっていなかったみたいですね。目を離した隙にいなくなったけれども、すぐに見つかっている。行方不明自体が虚実である可能性もあるんですよね」

 

 與は忌々(いまいま)しそうに長く息を吐き出し、また瞳を閉じた。

 

「行方不明が分かった時点で警察に通報してこいよ。そうしてりゃ特異(うち)まで回ってこなかったかも知んねぇのに……」

「ですから、その前提が嘘の可能性が」


 声をひそめて突っこむ。

 神隠し騒動で話題性を作ろうとした霧島家の策略——という個人的に組み立てた推理を披露するが、與の反応はいまいちだった。昼食時の白月は「ユズさん、すげー!」と瞳を大きくして聞いてくれたのに。


「あ~まぁ、そっちの可能性のほうが面倒がなくていいかもなぁ」

「退治しなくて済みますもんね」

「退治っつ~か、今後の話」

「?」

(さえ)のことだ、霧島 沙羅が()()なら、特異に引き込もうとすんじゃねぇ?」

「え……」

 

 考えもしなかった與の予想。言われてみれば、菫連木室長ならその可能性はある。

 しかし、相手は小学生だ。

 

「ガキだろうとなんだろうと、使えるもんは駒にする。冴は目的のためなら手段は問わねぇ。そうやってして無駄に取っちまった駒が、お前」

「…………あれ? 今しれっと私を(けな)しました?」


 菫連木室長について考え込んだ私が、遅れて與を問い詰めようとした矢先、ドアがゆっくりと開かれた。

 

「お待たせいたしました」

 

 うやうやしく頭を下げた使用人が、丁寧な声で告げる。

 彼のその一言によって私の與への叱責はうやむやになり、『神隠しの少女』の(もと)へ導かれることとなった。

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