第7話 恐ろしい犯行予告
夜中だけど占い師ムーラを無理やり叩き起こして次の予言を占ってもらった。
『夜の蝶』の文字は消え、次は『食事に毒を盛られる』だった。
暗殺者達との激闘に比べたら随分簡単な予言だった。単純に食事に気をつければいいのだ。
しかし、これもまた期間が定まっていないので、今日までなのか明日なのか、それとも一ヶ月以上も先なのか――不安が広がるが、だからといって対策しない選択肢はなかった。
朝昼晩の食事はもちろん、先々で購入する飲食にも気をつけなければならない。普段は学園の食堂で食べるが、しばらくは私の手作り弁当にしよう。
さて、死の予言の更新が終わった後は山ほどやる事があった。死体の処理と破損した家具や壁の修繕だ。
大騒ぎにはしたくないので、そういうのに慣れてそうな召し使いを何人か呼んで手伝ってもらう事にした。死体を見るのは嫌な人達は修繕の方に取り掛かった。
死体は大きな穴を掘ってそこに放り投げて油を注いだあと燃やした。派手に破裂したガーテツの血肉を集めるのには苦労したがどうにかすべてを回収し終えて後始末を終えた。
修繕に関しては魔法を使えばどうにでもなった。あらゆるものを元に戻させる魔法を持った素晴らしい召し使いがいたので、その人に頼んで綺麗にした。
そうこうしていると夜明けになってしまった。庭園や部屋の掃除、朝食の用意をしなければならないので解散となった。
私は急いでキッチンに向かい、シェフ達が朝食を調理している様子をずっと監視していた。すべての料理に毒味をして問題ない事を確認した。私の圧力が掛かったせいか、見ているだけで胃もたれしそうなぐらい豪勢な朝食が出来上がった。
朝食の完成を見届けた後、ジュリアーノお嬢様が寝ている部屋に行った。結界を張ったドアを解除して開けると、可愛らしい寝息が聞こえてきた。それを耳にするうちに一気に疲れが押し寄せて眠たくなってしまった。一、二歩進むとお嬢様の綺麗な顔立ちが目に入った。
取り乱した様子がなかったので一安心した私は布団に顔を突っ込む形で意識を失った。
※
ジュリアーノお嬢様に叩き起こされる形でしばしの睡眠を終えた私はパジャマから制服に着替えさせて食堂へと向かった。
すると、今日は珍しくチース公爵とパルジャーナ公爵婦人がお揃いでやってきた。
「お父様、お母様、おはようございます」
お嬢様は丁寧に挨拶をすると、向こうは「おはよう」「おはよう。ジュリアーノ」と快く返した。
私も軽く会釈したが、反応はなかった。まぁ、付き人だから当然か。
朝食はお嬢様を私が運び、それ以外は召使いにやらせた。全ての料理がテーブルの上に乗っかると祈りを捧げてから食事に入った。
お嬢様はポーチドエッグをパンの上に乗っけてナイフで切り分けて垂れた黄身を絡ませて一口サイズに切って口に入れていた。今日は満足しているらしく次々と口に入れているのを見たシェフとメイドが喜んでいた。
チース公爵夫妻も黙々と食べていた。前々から思っていたが、彼らには親子の会話はないのだろうか。それとも食事中は私語を慎むのが決まりなのだろうか。
そんな沈黙を破るように執事がドアを勢い良く開けた。チース公爵が「何事だ」とケチャップの付いた唇で問いかけた。
「お客様です。ダリウス騎士団長がお会いしたいと」
「何だと?」
予想外の人物にチース公爵は目を丸くしていた。王国直属の騎士団である団長という位が貴族の家に出向くという事は余程のことがない限りありえないことだった。
さすがのお嬢様も緊張で顔が強張っていた。チース公爵は「通せ」とナプキンで口元を拭った。
少ししてドアが開き、白金に煌めく鎧が姿を現した。プラチナブロンドの髪で青い瞳の男――彼こそが王国の騎士団長ダリウスだ。
「お食事中、失礼します。チース公爵」
彼は深々と頭を下げると、公爵は「別に構わないが、こんな朝早くから何の用だ?」と聞いてきた。
「ハッ! 実は城にこんな声明が……」
「声明? 国王様が?」
「いえ、声明は声明でも」
ダリウス騎士団長は一枚の紙を拡げると、凛々しい声で読み上げた。
「『チース公爵殿
あなたの悪業は多くの国民を苦しめております。特にあなたの娘であるジュリアーノ嬢は存在するだけで我が平民の悪しき病魔です。
よって、近々我が同志達と共に強襲したいと存じます。
もしあなた方が全てを投げ売って降伏してくださるのでしたら、命だけは助けてあげましょう。
【晒し首】リーダー、マッコフ』」
なんて大胆で腹立たしい犯行声明なのだろう。これには当然チース公爵は「なんだこれは?! 今すぐこのマッコフとやらを独房にぶち込め!」と怒り心頭といった様子だった。
パルジャーナ公爵婦人はジュリアーノ嬢の所に駆け寄って「大丈夫?」と母親の顔になって我が子を心配していた。お嬢様は「平気よ」と強がっていたが、唇が震えているのを私は見逃さなかった。
ダリウス騎士団長は紙をまとめると咳払いした。
「お聞きになられた通り、昨今『晒し首』という貴族撲滅派をうたう危険な組織が我が国に蔓延っています。その中心人物がこのマッコフという男です。彼を捕まえたいのは山々ですが……一筋縄ではいかない男です」
「一筋縄ではいかないとはどういうことなの?!」
パルジャーナ公爵婦人が悲痛な声で尋ねると、騎士団長は「過去に何度も逮捕を試みました。しかし、どういう訳か姿を消してしまうのです」と首を振った。
「つまり、転移魔法が使えるってこと?」
ジュリアーノお嬢様が冴えた事を申し上げると、ダリウス騎士団長は「その可能性が高いと思います」と返した。
「うーん、転移魔法が使えるとなると、いくら用心しても目の前に現れたら一巻の終わりだぞ」
チース公爵が腕を組んで嘆いていると、ダリウス騎士団長は部下の一人に目配せした。すると、チース公爵達に何かを渡していた。見てみるとブレスレットだった。
「お守りでございます。王国専属の魔法使いがお作りになられたものです。もし万が一襲われても多少は守ってくれます」
ダリウス騎士団長が説明する中、彼らは利き腕に付けていた。すると、皮膚に溶けるように消えてしまった。
「チース公爵は我が国の大切な納税者です。もしあなたがいなければこの国は今のように発展はしなかったでしょう。我が王国騎士団は常に奴らを監視しております。もし何か動きがあれば逐一知らせます。もちろん、我が部下の何人かを見張りを立たせましょう。もしよろしければジュリアーノお嬢様の警護も……」
「結構です。私で充分足りています」
聞き捨てならない事を言ったのですぐに拒否した。ダリウス騎士団長は意外な人物のまさかの反応に狼狽した。
「そう……ですか。えっと、あなたは?」
「スカーレット。ジュリアーノお嬢様の付き人です」
淡々と返すと、チース公爵は「彼女は最近雇ったんだ。無愛想だが腕は確かだ」と付け加えて教えた。
ダリウス騎士団長は「分かりました。スカーレットさん。では、もし何かあればこちらの方に来てください」と紙を渡してきた。受け取って見てみると、騎士団の本部がある地図だった。
「分かりました。何かあったら知らせます」
形だけのお礼を述べると、ダリウス騎士団長は「えぇ」と愛想笑いを浮かべた。チース公爵夫妻に一礼した後、食堂を後にした。
「ねぇ、あなた」
「あぁ、まずい事になったな」
チース公爵とパルジャーナ公爵婦人は互いの顔を見合わせて、これからの未来に不安な表情を浮かべた。対して、ジュリアーノお嬢様は
一切怯えた顔も見せずにヨーグルトを食べていた。
私は頭の中で死の予言と晒し首からの犯行声明を見比べていた。予言は『毒』で死ぬが今回のとは全然違っていた。予言が外れたのだろうか。それともまだ予言には書かれていない死の運命がお嬢様に降りかかろうとしているのだろうか。