第6話 暗殺者達との激闘
静寂に包まれた廊下を進んでいく。召し使い達は無事なのだろうか――そう思っていると、執事が壁にもたれかかっていた。急いで駆け寄ると首に深い刺し傷ができていた。即死だった。
凶器はボウガンの矢ではないのは間違いなかった。そう思った瞬間、急に殺気を感じ避けるようにボウガンを抱きかかえながら転がった。ちょうどそのタイミングで刃が死体の頬に突き刺さっていた。
立ち上がって見てみると、ナイフを持った暗殺者だった。やはり、一人ではなかったか。
暗殺者は素早くナイフを引き抜くと、もう一本を取り出して、これみよがしに風を切るように振った。そして、構えていた。
試しに一発発射してみると、スパッと矢が切られてしまった。後退しながら手早く装填してもう一発射っても結果は同じだった。
奴に遠距離武器は効かないことを察した私はボウガンを投げ棄てると、両手の拳を握って対人格闘の戦闘態勢に入った。向こうも察したのだろう、ジリジリと詰め寄りながら刃を向けていた。
私はタイミングを伺った。どちらか先手を仕掛けるかで勝敗が変わる。先に攻撃をしてきたのは暗殺者だった。巧みなナイフさばきで私の身体を真っ二つに斬ろうと言わんばかりに振った。
が、ヒラリヒラリとかわすと、足で奴の鳩尾目掛けて蹴り飛ばした。普通だったら嘔吐か悶絶するくらいの威力だったが、さすがプロだけあって一、二歩後退するだけに留まった。
暗殺者は片腕に一振りしてきたが、私はそれを片腕で止めた。続けて、もう片方の刃が脇腹を突き刺そうとしてきたが、腕を掴んで止めた。
お互いの力が拮抗した。仮面の向こうの表情は全く見えなかったが、予想外の相手に焦っているのが浮かんで見えた。私は足を潰す勢いで踏みつけると、暗殺者の絶叫が聞こえた。が、奴も負けじと私の足を踏みつけた。私は声に出さなかった。
掴んでいる奴の両腕を振り払った。その衝撃で後方に倒れそうになっていた。足が解放された私はすかさず鳩尾を肘で付いた。ウッと前屈みになるが、再起してナイフを振った。さっきの一撃が効いているのか、余裕でかわせた。
私は手首をチョップしてナイフを落とさせた。すぐに拾って足を切ると片膝から崩れ落ちた。一瞬で背後にまわって、奴の頭を掴み、喉仏にギリギリの位置で止めた。
「ナイフを投げ棄てなさい。さもないと、掻っ切るわよ」
私は低い声で脅すと、暗殺者はナイフを投げた。奴の手の届かない位置まで来たことを確認したが、まだ解放はしなかった。
「誰にジュリアーノお嬢様の暗殺を命じた?」
「は、はは……だ、誰が言うああああああ?!」
こいつらお決まりの口の硬さに肩の突き刺してから、再び喉に向けた。暗殺者の肩から湧き水くらい血が溢れ出て、奴の呼吸も荒れてきた。
「次は喉だ。さぁ、早く言わないと死ぬぞ」
「ふぅふぅ、は、ひひひ、そ、そんな脅しで口を割るとでも? わ、我々はそんなに、あ、甘くはな――」
「じゃあ、死ね」
これ以上脅しても拉致があかないと思ったので、喉をスパッと切った。血飛沫が飛びさっきまで威勢のよかった声は力を失って重い塊と化した。
死体を捨て、落ちたもう一つのナイフを拾うと、屋敷の探索を再開した。
「ふぃーーーはーーーー!!!」
しかし、突如聞こえた歓声にも近い声が聞こえたかと思うと、背後から凄まじい死の危険を感じた。すぐさま横に飛ぶとそのすぐ後に巨大な鉄の球が飛んできた。鉄球には無数の棘があってチェーンが付いていた。
振り返ると、今まで見た人の中でとびきり大きな体格の男が立っていた。彼は蝶の仮面を被っていなかったので、すぐに相手の顔が分かった。スキンヘッドで白目を向いていた。格好は動物の毛皮らしきものを羽織って、ズタボロの半ズボンと革の靴を履いていた。
彼の傍らにはボウガンを構えた暗殺者がいた。この感じだといよいよ親玉が現れたか。
「お前がこいつらのリーダーか」
「あぁ、そうさ。俺の名はガーテツ」
ガーテツと名乗る大男はチェーンで鉄球を回収してた。顔色一つ変えずに自分の元まで運べると考えると、かなりの力持ちなのは明白だった。
私は背後にも殺気を感じて振り返ると、何人かのボウガンを構えた暗殺者が逃走を阻止するように並んでいた。前方に気を取られて挟み撃ちを許してしまった。
「がははははは!! チェックメイトだ!」
ガーテツはチェーンを巧みに使って鉄球を振り回していた。大人十人抱えたぐらいで運べそうな重量の鉄の塊が身体にぶつかればひとたまりもないないだろう。
「お前らは誰に雇われたの?」
「ぐふふふ、いいぜ。冥土の土産に教えてやる。さる偉大なお方のお子様からチース公爵の娘ジュリアーノ嬢を殺すように依頼された。たんまりと前払いをもらってな」
お子様――という事は貴族の息子か娘がお嬢様の暗殺を依頼したと。
「分かった。そいつの名前は?」
「言うと思うか? お喋りはここまでにして……お前の処刑を始めようか」
ガーテツはそう言って鉄球を振り回しながら仲間に合図した。傍らにいたボウガン達はしっかりと私に狙いを定めていた。
私は全神経を研ぎ澄ました。この廊下の時が止まったかのように妙な静けさが訪れた。
一分、十分、一時間……いや、現実は数秒だったかもしれない。ガーテツの一声と共にボウガンの矢は解き放たれた。
持ち前の動体視力を使って、ナイフで矢を一本ずつ斬った。バラバラと落ちていく矢。奴らの矢が切れたと分かったのか、ガーテツが鉄球を投げてきた。
それを宙返りで避けると、後方にいた三人の背後にまわった。急に姿が消えたことに戸惑っている隙を狙って、一人を背後から切りつけた。倒れゆく仲間を見た残りの二人が装填するのを諦めて素手で挑んだ。
一人が拳を振りかざしてきたので、私はかわして蹴飛ばした。背後にいた彼に羽交い締めにされたが助走を付けて前方に勢い良く振った。その反動で投げ出された暗殺者は立ち上がろうとした仲間とぶつかって倒れてしまった。
残りの二人が装填を終えて発射したが、これも斬りつけて終わった。ガーテツが再び投げるが、横にジャンプしてかわした。すると、折り重なっていた仲間が起き上がっていて私を待ち構えていた。寸前の所で止まると、暗殺者の一人が足払いしてきた。尻もちを着いたついでに座ったまま回転して彼らを転ばせた。
その瞬間、私は飛びかかってナイフを顔面に突き刺し、もう一人は投げて頭を刺した。残り二人がボウガンで私を狙いに来たが、遺体からナイフ引き抜いて投げた。頭部に刺さり仰向けに倒れた。
残りはボウガンとガーテツの二人だけになった。二対一で相手の方が優勢だが油断できないと察したのだろう、慎重に様子を伺っていた。
私はその間にもう一本のナイフを取って二刀流にした。彼らの反応は変わらずだったが、次の一手をどうするか思案していた。
(二人一斉に攻撃をしかけるか、それともずらして襲うか――さぁ、来い)
神経を最大限に研ぎしました。鉄球とボウガンが一斉に放った。私は矢をかわすとナイフで鉄球を止めた。
「何?!」
ガーテツは目を丸くして戻そうとした。が、私はしっかりと抱きかかえると思いっきり引っ張った。
「ぬぉっ?!」
鉄球に付いていたチェーンが彼の手から離れた。私は手早く引き寄せてナイフを捨てチェーンを持った。奴がやっていた事を思い返しながら鉄球を振り回した。
間髪を入れず投げると、ボウガンの暗殺者に命中した。「ぐあはぁ!!」と断末魔が聞こえ、少しだけ痙攣した後うなだれた。対するガーテツは避けられてしまった。
「ちくしょう、俺の武器を……だが、それを奪ったからっていい気になるなよ」
ガーテツは勢い良く吸い込んで吐いた。気持ちを整えるつもりで呼吸したのかと思えば「極限筋肉膨張!!」と叫んだ。
すると、彼の肉体の一部がポップコーンみたいにボコボコと弾け始めた。このまま破裂してしまうのかと思ったがそうはならず、前見たよりも二倍ぐらいの巨体になった。
全身が筋肉に包まれ、腹筋も板チョコみたいに何個も割れていたが、下半身は普通のままだった。私は鉄球を投げつけたが両手で掴まれ、そのままぺしゃんこに潰されてしまった。
「ぐふ、ぎひひひ……お前もこんな風に息の根を止めてやる」
ガーテツはそう言って鉄球を投げ棄てると拳を振るった。速度も倍になっているのか、さっきよりも早く避けないと危うくぶつかりそうになった。
「おらっ! ふりゃっ! こりゃっ! こんちきしょうめがっ!」
彼の豪腕をヒラリヒラリと避けていたが、壁際まで追い込まれてしまった。ガーテツはこれで追い詰めたと言わんばかりに笑みを浮かべて拳をポキポキと鳴らした。
「さぁ、最後に言い残すことはないか?」
「……それはこっちのセリフよ」
私は手のひらを彼の前にかざした。
「吸収」
私がそう言った瞬間、ガーテツの身体は私の手のひらにくっついた。
「なっ?! これはいっだぎゃぎぐぐぐ」
ガーテツが困惑する中、奴の節々がボキボキと音を鳴らして歪みだした。四肢はあらぬ方へ曲がり所々から血飛沫が出た。彼の顔は苦悶と絶叫で血の気が引いていった。
やがて一つの巨大なボールができあがった。私はそれを両手で抱えて持ち上げると「悪魔にキスしなさい」と言って放り投げた。塊になった大男は窓ガラスどころか壁を突き破った。ガーテツの断末魔が聞こえたかと思えば花火みたいに吹っ飛んだ。
「ふぅ」
私は周囲の悲惨な状況を見た。後始末の事を考えると頭が痛くなった。