第4話 私が一番楽しみにしている時間(少しエロシーンあり)
夜の蝶の件は後にして、ひとまずはジュリアーノお嬢様のアフタヌーンティーが最優先だった。が、開始して早々お嬢様の機嫌を損ねてしまった。
「何よこれ!」
ジュリアーノお嬢様はまだ食べ物が乗っているにも関わらず、皿をメイドの方に投げた。私は瞬時に受け取ったので、どうにかケーキも落とさず彼女の顔に当たらずに済んだ。
お嬢様はメイドに当たろうが当たるまいが関係なく怒鳴りつけていた。
「こんなケーキ、食べれたものじゃないわ! 私を誰だと思ってるの? シェフを呼んで!」
どうやらキャロットケーキの味が気に食わなかったらしい。メイドは顔面蒼白で「た、ただいまっ!」とそのまま屋敷を飛び出す勢いで食堂から出た。
私はさりげなくお嬢様が使っていたフォークを取り出して一口食べてみた。確かにお嬢様の言う通り薄い。濃いめの味が好きなのを把握していないのだろうか。それとも単なる嫌がらせか。
「スカーレット、なんで私のフォークを勝手に使ってるの?」
さすがのお嬢様も私の間接キスに気づいたのか、怪訝そうな顔をしていた。私はフォークを加えたまま「毒味です」と答えた。
「じゃあ、先にやりなさいよ。私が先に食べちゃったら毒味の意味ないじゃない」
最もなことを言われたので、私は「申し訳ございません」と頭を下げた。お嬢様は「いいわ。どうせもう食べないし」と言って腰をかけた。そして、温めの紅茶を飲んだ。
「で、『夜の蝶』は何か分かった?」
ジュリアーノお嬢様が真剣な顔でこっちを見てきたので、すぐに口からフォークを離してケーキと一緒にテーブルの上を置いた。
「検討は付いております」
「そう。やっぱり毒のある蝶なの?」
「いえ、恐らく組織の名前かと」
「組織? 一体何の……」
お嬢様はさらに質問しようとしてきたタイミングで先程のメイドがシェフを連れて帰ってきた。自然と話は中断され、視線は彼らの方に向けられた。
「じゅ、ジュリアーノ様……何がお気に召されなかったのでしょうか?」
シェフはナイフで脅されているかのように屈みながら聞いていた。お嬢様は「このケーキが薄いの!」と差し出してきた。
「え? でも、ちゃんとお嬢様の好みに……」
彼はあろうことかお嬢様と私が使ったフォークで味見をしようとしてきた。それが不快だったのか、お嬢様は魔法で皿とフォークを消してしまった。目の前にあったものが消えてしまい、軽い悲鳴を上げて目を丸くしていた。
「お前もこのように消えたいの?」
お嬢様が殺気だった眼差しを向けてきたので、シェフやメイドは死人の表情を浮かべて「直ちに作り直しますっ!」と去っていった。
「全くどいつもこいつも使えない奴ばかり」
ジュリアーノお嬢様はそう小言を呟いた後、タワーに積まれた小さいケーキの最下段にあるスコーンを取り出してちぎらずにかじった。
「うん、これは美味しい」
お嬢様は満足した様子で頬張っていた。もうすっかり『夜の蝶』のことについては頭から消え去っていたみたいだった。
※
さて、アフタヌーンティー、宿題、夕食と流れるように時間が去った後は私が一番楽しみにしているお手伝いがやってきた。
お嬢様の身体を洗うのだ。入浴時は万が一に備えてメイド達に身体を洗ったりするサポートをしている。
が、私以外の女性に身体を触られるのが気に食わなかったので、お嬢様に直談判して私だけになった。
「あなたの身体の洗い方、変だからあまり好きじゃないの」
「文句を言わないでください。もし入浴中に襲われたら誰が守ってくれるんですか?」
などと言いくるめて裸にさせると、仲良く浴室に入った。浴室はさすが貴族だけあって浴槽は池みたいなサイズだった。私はお嬢様を鏡の前まで連れていき、椅子に座らせた。
「では、お身体を洗わせていただきます」
「う、うん。あんまり変な所は触らないでよ」
私はお嬢様にかけ湯をして身体を温めた。石鹸を泡立たせた後は自分がそれを付けると、全身を使って擦りつけた。
これが何よりも至福だった。普段は一定の距離を保っていられないが、この時までは密着できる唯一の時間だった。お嬢様の身体は若々しさと肉々しさの両方を持ち合わせており、柔らかな四肢が私の四肢と絡み合った。
二人きりの浴室はたちまち甘美な世界へと広がった。この特殊な雰囲気に普段は鬼のような顔をしているお嬢様も朗らかに見えた。まだ湯船に浸かっていないのに顔が真っ赤だった。
「あ、あ、あぁ……す、スカーレット! もう……止めて!」
お嬢様が止めるように指示なさったが、私はまだやめたくなかったので、適当な理由を思いついた。
「ダメですよ。このマッサージは全身に溜まっている毒素を新陳代謝で吐き出す大事な作業なんです。もしこれを怠ってしまったら翌朝のお嬢様の顔がハチみたいに腫れ上がっているのをお父様やお母様に見せることになりますよ」
そう言うと、お嬢様は「分かったけど、あまり変なことはしないで。なんかむず痒いのよ」と目元を抑えながら言った。
私はしばらく楽しんだ後、汗ばんだ身体をかけ湯で流して湯船に浸かった。
「お嬢様、大変お綺麗になられましたね」
「あ、そう。はぁ……なんで、マッサージする方が元気良くなって私が疲れるの? 意味分かんない」
ジュリアーノお嬢様は文句を言っていたが、湯船の暖かさに気分が良いのか、瞳が潤んできた。
「スカーレット」
「何ですか? お嬢様」
「うーん……いや、いいわ」
お嬢様はうわ言のようにそう呟いた後、目がショボショボしてきた。このままだと寝てしまう可能性があったので介助しながら湯船の外に出させた。
亡霊のようにフラフラ立っているお嬢様を支えながら水滴一つ残さずに拭き取り、着替えをした。急いでコップに水を持ってきて飲ませると、いくらか冷めてきたのか、「寝るわ」と口調を強めてベッドに向かった。
お嬢様が眠るベッドは二人は余裕で寝れそうな広さだった。睡眠のお供をしたいところだが、やらなければならないことがあるので、私は彼女におやすみの挨拶をして部屋を出て行った。
お嬢様の部屋の窓は全て閉まっている事はベッドで寝かしつける際に確認しておいた。後は屋敷中の窓を確認して、朝まで長い夜を過ごすのみ。
私の勘では今夜、夜の蝶が舞い降りて来そうだった。