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第39話 Do you want to continue?

 身体が散り散りになっていく。聴覚も嗅覚も触覚も奪われたかのように何も感じない。


 私──死ぬんだ。ジュリアーノお嬢様と共に。私のほとんどぼやけた視界ではお嬢様の姿を捉える事はできなかった。


 いや、見えなくてよかったと思う。もしお嬢様の見目麗しいお姿が悲惨なのを見たら耐えられないと思う。


 お嬢様、ごめんなさい。私は付き人、失格です。もっと早くマリーの異常さに気づいていたら、こんな事にはならなかったのに。


 でも、もう戻れない──そう思った時、私の視界に何かが現れた。


『Do you want to continue?』


 どぅ、ゆぅ、うぉんと、とぅ、こんて……こんてにゅー?


 こんてにゅー……もしかしてコンテニューのこと?


 そうか。ここは乙女『ゲーム』の世界。だから、失敗したらやり直せるんだ。


 いや、そうなの? もしかしたら、前世の記憶がゴチャゴチャになって……いや、今は細かいことはいいや。


 もしやり直せるのならやり直したい。こんな結末なんてあんまりだ。


 あまたの困難を乗り越えたのに。これからお嬢様と一緒に優雅なスクールライフを過ごせるはずだったのに。


 もちろん答えは決まっている。喋る舌はないから心の中で叫んだ。


 イエス──と。



「イエスかノーかで答えてください。もし私の付き人になってくれるのでしたら白を。引き続きジュリアーノさんの付き人になるのでしたら赤を選んでください」


 気づくと、私の目の前にマリーがいた。まだ爆発の余波が残っているのか、頭がボゥっとする。


「何言ってるの? 私の付き人を勝手に引き抜かないで!」


 すると、あの麗しき声が近くから聞こえてきた。その方をみるとジュリアーノお嬢様がマリーを睨んでいた。


(お嬢様……!!)


 私は今にも泣きそうだったが、ザッと見たところ、あの爆発が起きる前に戻ったらしい。もし今泣き出したらお嬢様を含めて大困惑するだろう。


 涙を無理やり引っ込めて、今は箱選びに集中だ。あの時の私は赤を選んでいた。中には手紙が入っていて、マリーが私への異常な愛とすべての事件の黒幕であることを分かった時に爆発した。


 じゃあ、白を選べば──いや、そしたら私はマリーの付き人になってしまう。そしたらお嬢様は一人で馬車に乗ることになる。


 マリーはボタンを押すだろうか。私が目の前にいたらやらなそうだけど。でも、お嬢様の命を助けるために敵に寝返るのは違うと思う。


 私はまた赤を選んだ。すると、予想通りカッサンドラが「慎重に選んだ方がいいですよ」と言ってくれた。おそらくマリーの企みに気づいているのだろう。


 けど、前の私ではない。だから、変わらず赤を選んだ。


 思った通り、マリーの表情が曇ってすぐに晴れやかになった。


「では、ごきげんよう」


 丁寧に挨拶をして馬車に戻ろうとした。白い箱は抱えたままだった。


「マリー」


 私は彼女の名前を『様』を無くして呼んでみた。すると、マリーの背中が凍りついた。静かに私の方を向いていた。その表情は熱でもあるかのように赤かった。


「い、いま……なんと? ま、ままり……」

「幸せになってください。マリー」


 私は今出せる限りの笑みでマリーの今後の生活を祝福した。マリーはリンゴみたいに赤くなり、飛び込むように馬車の中に入っていった。


 私のマリーへの呼び方にカッサンドラとルーリ王子も驚いていたが、特に言及したりはせずに馬車にて乗り込んだ。


「さぁ、いきましょう。お嬢様」

「あなた、いつからマリーと仲良くなったの?」


 ジュリアーノお嬢様も私の『様』無しで呼んだ事に驚いていたが、「少し前に」とやんわりと返して馬車にの乗り込んだ。


 これですこしは未来が変わるといいけど。



「ちょっと?! 私の話聞いてるの?!」


 ジュリアーノお嬢様が怒るのも言うまでもない。馬車が発車して早々爆弾がどこにあるか探していたのだ。


 しかし、カッサンドラがうまく作ったせいか、どこにも見つからなかった。


「降りましょう。お嬢様」

「え? なんで?」

「いいから! 行きますよ!」


 私は嫌がるお嬢様をむりやり引っ張って、馬車から飛び降りた。草むらに着地した。


「お嬢様、お怪我はござませんか?」

「いたた……なに? 一体これはどういうことなの?」

「伏せて!」


 私はお嬢様をしゃがませて、爆発の衝撃に備えた。


 しかし、いつまで経っても爆発は起きなかった。穏やかな風がふき、小鳥が呑気に鳴いているだけだった。


 私は顔を上げてみると、馬車の車が豆粒ほどのサイズになっていた。私の記憶が正しかったら、もうすでに爆発に巻き込まれているはずなんだけど。


 もしかして、あの『様』付けなしで呼んだのが功をそうしたのか。マリーに私が距離を縮めてくれた事と思い込んで殺すのを断念してくれたのだろうか。


 無論、マリーとは仲良くする気もないし、今後する予定もない。むしろ殺したい。


 だけど、なにはともあれお嬢様を死の爆発から救うことができた。


「……スカーレット」


 しかし、背後からただならぬ怒りのオーラを感じた。すぐさま隣をみると、ジュリアーノお嬢様が恐ろしい顔をして睨んでいた。


「いったいどういうつもり? 私を馬車に無理やり降ろしたかと思えば雑草まみれにして……」

「申し訳ございません! これには深い訳が……」


 私はマリーの企みをお嬢様に話した。お嬢様は「なるほど。清楚な顔のフリをして実は腹黒かったのね」と納得してくれた。


「でも、爆発は起きなかったじゃない」

「おそらくためらわれたかと」

「なんで?」

「それは……」


 マリーが私に好意を抱いている事を話そうか迷ったが、なんか嫌だったので、「カッサンドラが止めてくれたのでしょう」とそれっぽく返した。


 ジュリアーノお嬢様は「ふーん」と素っ気ない返事をした。


「でも、どうするの? ここから学園まで歩くなんて嫌よ!」

「ご安心ください。私が抱きかかえて行きます」


 私はそう言ってジュリアーノお嬢様をお姫様だっこした。お嬢様は「ちょっと?!」と困惑していたが、嫌ではなさそうだった。


 馬車を目指して私は全速力で駆けていった。お嬢様の豊潤な香水の匂いが風と共に香ってきた。

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