第38話 赤い箱か白い箱か
暴動は私とカッサンドラ、ルーリ王子を中心に鎮圧した。まず、結婚式にいる奴らを手当り次第に蹴散らして囚われた騎士達を解放させた。残党もまとめて捕らえ、事態はあっという間に終息した。
奴らに一番効果があったのはマッコフが死んだと報告する事だった。それまで血気盛んに叫んでいた平民達が急に大人しくなってしまった。やはり、彼らにとってマッコフは神に等しい存在だったのだろう。それが失われた今、彼らの士気が一気に下がった。ほとんどが降参したが、中には信じずに交戦を続ける者がいた。が、騎士団の本気を見せられ、晒し首は消滅した。
マッコフに協力したダリウスは騎士団長の位を剥奪され、投獄された。処刑される予定だったが、自分が犯した罪に耐えきれなくなったのか、毒を飲んで死んでしまった。
代わりにルーリ王子が新たな騎士団長に任命された。王国史上最年少の団長に国中が喜びの声を上げていた。
学園は暴徒のせいでグシャグシャになってしまったため、暫くは全学年が家で自宅学習をする事になった。が、国王が再建に力を注いでくれたおかげで、かなり早く校舎が元通りまで直され、通学が可能になった。
ちなみにお嬢様がまた学園で勉学に励みたいと申し上げたので、学園長に頼んでまた同じ学年からやり直すことになった。もちろん、私も生徒に戻った。
入れ替わるようにマリーとカッサンドラ、ルーリ王子が学園を去る事になった。マリーと王子は王国の執務に専念するためで、カッサンドラはマリーの付き人になったのが理由だった。
私とお嬢様は興味がなかったので挨拶しに行かなかったが、向こうからやってきた。
白の馬車に乗ってやってきたマリー、ルーリ王子、カッサンドラは私がやってくると抱きつく勢いで恭しく挨拶をしてきた。珍しくお嬢様も軽く挨拶をすると三人とも礼儀正しく頭を下げた。
「スカーレットさん、あの、この前は本当にありがとうございました」
マリーが桃色みたいに頬を赤くして私に感謝の言葉を述べていた。私は「当然の事をしたまでです」と淡々と返すと、ルーリ王子が「僕の方もお礼を言いたい。大切なフィアンセを守ってくれてありがとうございます」と新妻の可愛らしい肩に手を添えた。
「挨拶はそれだけ? 早く馬車に乗らないと学校に遅れるんだけど」
ジュリアーノお嬢様が苛立った様子でマリー達を睨んでいた。カッサンドラは「そんなに勉学がお好きだなんて知りませんでした」と皮肉っぽく返した。お嬢様の顔が引きつっていた。
「では、失礼します」
私はお嬢様を連れて馬車に乗ろうとすると、「待ってください!」とマリーが声を張り上げた。
「どうしてもスカーレットさんに渡したいものがあるんです!」
マリーはそう言ってカッサンドラに持ってくるように命令した。彼女は少し強張った顔を浮かべたあと、白馬の馬車に戻って二つの箱を持ってきた。
左手に赤い箱、右手に白い箱を持っていた。
「前に付き人にならないと誘ったこと覚えていますか?」
「えぇ、まぁ……でも、それと何か?」
「イエスかノーかで答えてください。もし私の付き人になってくれるのでしたら白を。引き続きジュリアーノさんの付き人になるのでしたら赤を選んでください」
なぜそんな問いを仕掛けてきたのだろう。これにはお嬢様も「何言ってるの? 私の付き人を勝手に引き抜かないで!」と嬉しい反論をしてくれた。
もちろん赤を選ぼうとすると、カッサンドラが「慎重に選んだ方がいですよ」とアドバイスをしてくれた。が、私の心は変わらず赤を選んだ。
すると、マリーの表情が曇ったがすぐに晴れやかになると「では、ごきげんよう」と丁寧に挨拶をして馬車に戻ってしまった。箱を見ると『馬車に乗ってから開けてください』と書かれていたので、言われた通りお嬢様と一緒に乗ってから開ける事にした。
※
馬車に乗ってから少し経つと、お嬢様が大あくびをしてから話しかけてきた。
「登校がこんなに退屈なんて忘れていたわ」
「もう一年くらい学校に通っていないですからね」
私は本に目を通しながら返した。
「それにしてもレッドベーカーとグリナールが生徒会に入るなんて夢にも思わなかったわ」
お嬢様は窓際に寄りかかりながら鼻歌を歌っていた。確かに悪友の二人がまさか心を入れ替えてボランティアをするなんて思わなかった。マッコフを倒したことで妙に自分に自信が付いてきたのだろう。
「よろしければ、お嬢様も生徒会に立候補なさってはいかがですか?」
「嫌よ。面倒くさい。あなたがなれば?」
「私も結構です」
「あ、そう」
お嬢様がまたあくびをすると、「そういえばマリーから貰ったプレゼント、何が入っているの?」と聞いてきた。そういえば彼女が馬車に乗っている時に開けるように言われたっけ。
私は隣に置いていた赤い箱を膝に乗せて上から開けてみた。中には赤い封筒があるだけでそれ以外は空だった。
(随分おおげさだな)
私はそう思いながら赤の封筒を取り出すと、お嬢様も「手紙? それだけ?」とガッカリした顔をしていた。
「何が書いてあるの?」
「ちょっと待ってください」
箱を横に置いて、封を開けると数枚の便箋があった。私はそれをお嬢様に読み聞かせるように手紙に書かれたことを声に出した。
愛しのスカーレット様
この手紙を読んでいるという事は、あなた様は赤い箱を選びジュリアーノの馬車に乗っているということになりますね。
そして、ようやく私の手紙を読んでくれている事になりますね。本当に嬉しいです。
もしかしたら最初で最後になってしまうかもしれないので、思い切って告白したいと思います。
私はスカーレット様のことをずっと前から好きでした。
あなた様が学園に初めて登校した日のことは忘れもしません。ジュリアーノと一緒に騎士のように目を光らせながら闊歩している姿を見た途端、私の脳は痺れました。
その日から私はあなたの事が目を離せなくなりました。あの日――ジュリアーノがルーリに親しげに話しているのを嫉妬深そうな目で見た日――初めてあなたに声をかけられた日。
私はうまく話せなくてつい逃げてしまいました(ジュリアーノにいちゃもんをつけられましたが)。あなた様はてっきりルーリ王子を見ているのと勘違いなさいました。
私はつい好きなフリをしてしまいました。あの時、本当のことを言っていたら……いえ、言っていたとしてもあなた様は振り向いてくれないでしょう。
あなた様が愛しているのはジュリアーノですから。
あぁ、ジュリアーノ! 憎い女!
私はどうしてあなた様があの女の事を愛しているのかさっぱり分かりません。
きっとあの女に変なフェロモンでも盛られているのでしょう。えぇ、きっとそうに違いありません。
それは置いておいて。私はとにかくあの女が邪魔でした。スカーレット様の側にいながら偲ぶ愛に何一つ気づかないあの女が邪魔で、邪魔で、邪魔で、鬱陶しくて。
何度殺そうと思ったか。私ではあの女には勝てないのでプロの殺し屋を雇いましたが、全部返り討ちにされてしまいました。
なので、マッコフと手を組むことにしたんです。もちろん、彼は貴族を嫌悪していますから、仲間に入る証明として私の家族を差し出しました。
覚えていますか? あなた様が占い師の元へ来た時、大規模な貴族の公開処刑が行われていたことを。
あれは私の家族なんです。家族を売ったことで私は大きな力を手に入れました。
が、彼は思ったよりも慎重派で万全な状態でないと殺せないと言ってきました。
なので、仕方なく王子と結婚して学園で結婚式を開くことにしたんです。そして、ダリウス騎士団長にも協力して暴動を起こす手伝いをさせました。
ジュリアーノを殺すためなら大勢の命が失っても構いませんでした……あなた様は別として。
私は確実に殺せるように邪魔者を排除することにしました。占い師のムーラがそうです。あいつ、私を警戒して、『死の予言書』みたいなものを使って、ジュリアーノが殺されるであろう情報を送っていたらしいですね。
もっと早く知っておけばマッコフに頼んで殺しておいたものの……まぁ、今さら後悔しても仕方ありません。本当は生徒会長もまとめて殺して起きたかったですが……彼女には魅力的な能力があったので利用させていただきました。
ちなみにルーリ王子のことは少しも好きではありません。あなた様に比べたら、あの男は羽虫と同じです。
あぁ、書いていて思い出しました。あなたが『ジュリアーノさんを愛している』と申し上げた悪夢のような日を。
あの瞬間、私はあなた様がジュリアーノへの気持ちが揺るぎないものだと確信しました。それが悔しくて、また殺し屋を雇ってしまいました。
アレーの奴がなぜジュリアーノも含めて殺さなかったのか不思議で仕方ありません。お仕置きをしてあげたい所ですが、もう生きていないので真意が聞けず残念です。
あぁ、もっとあなたへの愛を伝えたい所ですが、これ以上書いたら最後まで読めなくなると思いますので、ここまでに留めておきます。
実はこの馬車には爆弾が仕掛けられています。解除する手段はあなたにはありません。起爆スイッチはあの白い箱の中。今は私の手の中にあります。
あなた様が私の馬車に乗ってくだされば、ジュリアーノと共に死ぬことはなかったのに。
ですが、ご安心ください。あなた様は降霊術で現世に戻してあげますから。ジュリアーノは地獄行きですけど。
では、ごきげんよう。
愛を込めてマリーより
「お嬢様──!!」
私はジュリアーノお嬢様を助けようとしたが、それよりも前に全身に衝撃と炎が襲いかかってきた。




