第32話 衝突
学園には千人以上の生徒が集会できるホールがある。そこに大勢の招待客達が集っていた。王族の結婚もあってか、楽器隊や料理の数も尋常ではなかった。
それと同じく護衛も多かった。やはり、昨今大暴れしている晒し首を警戒しているのだろう。騎士団長達と一緒に歩いている私を睨むように見つめている輩が何人かいた。
私は歩きながらジュリアーノお嬢様を探した。通り過ぎる人達の顔を見ていると、騎士団長が急に立ち止まった。
「国王陛下!」
騎士団長が声を張り上げて敬礼した。目の前に金色の髭の肥えた男が窮屈そうなボタン付きの服で私を見ていた。
「やぁやぁ、あなた様が噂に聞くジュリアーノさんの護衛ですか」
「どうもアクター国王陛下」
「あなたの評判は聞いていますよ。愛想は悪いけど腕は確かだとか」
「えぇ、まぁ」
「そうか、そうか。あぁ、君達はもう行ってもいい」
「ハッ!」
私は一刻も早くお嬢様の所に行きたいのに、国王は騎士達を外させてさらに個人的な話をしてきた。
「さて、我が息子からあなたの事を聞きましたが……妙な力をお持ちだとかで」
「左様でございますが」
「いやー、素晴らしい。ぜひとも我が軍に入れてくれればたちまち戦力になること間違い無し。領土を拡大することも夢ではない」
どうやらこのビール腹親父はスムーズに他国の領土を奪いたいために私を軍へ招き入れたいという申し出だった。
当然お断りな私は愛想笑いを浮かべた。
「この上ないお言葉です。が、他国のことを気にする前に自国に蔓延っている問題を解決すべきでは?」
「なっ?!」
国王陛下の逆鱗に触れてしまったのか、酒でも酔ったかのように顔を赤くさせた。私は一礼してお嬢様を探した。
すると、ジュリアーノお嬢様らしき後ろ姿を見つけた。私は必死にお嬢様の名を呼びながら追いかけていると、急に腕を掴まれた。
こんな状況で掴んでくる不届き者は誰だと睨んでいると、ペリーナ王妃だった。真珠のように眩い光を放ったドレスを着ていて一瞬前が見えなくなった。
「あなたが噂に聞くスカーレットさん?」
水のように澄んだ声に先程までの怒りは消えてしまった。
「えぇ、そうですけど……あの、急用があるので、失礼しま……」
「まぁ、いけずな方。王妃が夫の目を盗んで挨拶しているのに素っ気ない態度を取るなんて……言っておくけど、私は直々に声を掛けることはありませんよ……気になっている方以外は」
ペリーナ王妃はそう言って私の腕を蛇みたいに撫で始めた。
「華奢な身体して良い肉付き……締まった筋肉はさぞかし極上なんでしょうね」
まるで鬼みたいに私を食べようとしている眼差しで見てきた。何だか恐ろしくなった私は無理やり振り払って人混みの中を掻き分けていった。
王妃のせいで完全にお嬢様を見失ってしまった。あっちこっち辺りを見渡していると、またしても腕を掴まれてしまった。王妃が追いかけてきたのだろうかと振り返ると、ローガが殺意剥き出しの目で睨んでいた。
「来い」
ローガはそう言って腹にナイフを突き付けた。このまま振り払う事もできたが、こいつには一撃ぶつけないと気がすまないので、大人しく付いていく事にした。
※
いつかの日にお嬢様がレッドベーカーとグリナールを連れてマリーを囲んで詰問していた校舎の裏だった。
夜だからか、人気もなかった。私とローガの二人だけ。やることと行ったら一つしかない。
「手加減はなしですよ」
「そっちこそ。手抜いていたら殺すからな」
ローガは脅しで使っていたナイフを投げ棄てて構えた。やる気満々だった。気分が高揚しているのか、小刻みにジャンプして睨んでいた。
「お前のせいでマリーに絶縁された」
「あなたがお嬢様を侮辱したからですよ」
「マリーを虐める奴を馬鹿にして何が悪い」
「お嬢様を侮辱する奴は誰であろうと許しません」
「俺もマリーの仲を引き裂いた奴を許さない」
「堂々巡りですね」
「確かにな……拳で決着するしかないな」
ローガはそう言って飛びかかってきた。サッと避けるが、彼は回し蹴りをしてきた。腕を盾にして受け止めると、足を掴んで放り投げた。彼ゴロゴロ転がったがすぐに起き上がり飛び掛かってきた。
サッと避けると殴打を繰り返した。彼は悲鳴を上げることはなかったが防御ばかりしていた。かと思えば私の両腕を掴んで引き寄せると頭突きしてきた。頭がフラッとしたがどうにか持ちこたえた。
ローガは私の腹を蹴った。嘔吐しそうなほど衝撃を受けたが、堪えて宙返りした。
そして、距離を置いた。ハンカチを取り出して口の中に入れた。歯を食いしばりながら接近して拳をぶつけた。
私の奇行に戸惑っていたローガは頬をもろにあたった。歯を食いしばったおかげで通常よりもパワーが上がり、相手の頬を折ることができた。
「おご……あ……ぺっ!」
ローガが吐き出すと血まみれの歯が転がった。今のがかなり効いているのか、おぼつかない足取りだった。私は手招きして掛かってくるように煽った。
「て、てめぇ……舐めやがって」
彼のコメカミがピクピクと痙攣し、獲物を襲った直後の牙をのぞかせて飛びかかった。
そこからは拳と拳がぶつかり合い、互いの攻撃を避けてぶつけてかわして蹴りを入れて交戦した。
互いの体力が徐々に削られていった。特にローガは私から食らった頬の一撃が強烈だったのか、人一倍消耗していった。私は足払いして転ばせると、馬なりになって顔面を殴打した。
だが、彼は身体を思いっきり横に振って、私の拘束を解除すると爪で引っ掛けた。普通より長いからか、頬に引っかき傷ができた。
寝そべったまま足で奴の身体を蹴っ飛ばした。予想以上に吹っ飛んで、近くにある花壇にぶつかった。
「あっ、がっ……ぐぅ」
ローガはうめき声を上げながら立ちあがった。今にも気絶しそうだったが、白目を剥いた状態でも立っていた。
「うぉおおおおお!!!」
もはや獣だった。白目が充血していて魔物のごとき咆哮を上げて突進してきた。私は両拳を構えて歯を食いしばった。もう口の中に入れたハンカチはヒタヒタに湿っていた。
神経を研ぎ澄ませて構えた。ローガが迫ってくる。もう少し、あともう少し――。
ローガとの距離が縮まり、彼の拳が目の前に来た。私はスレスレで避けて拳を振った。顔が再び横に潰れて吹っ飛んだ。生け垣の中に突っ込んで四肢をダランと垂れていた。
(勝った)
私は大きく息を吸って、昂っている心臓を収めた。
――ドォゴオオオオオオオン!!!
だが、突如砲撃でも起きたのかと思うくらいのけたたましい音が夜空に響き渡った。




