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第30話 再び

 今夜は結婚式に負けないくらいシェフが腕を奮ってフルコースを作ってくれた。もちろん食べるのはお嬢様一人だけだったが、私を毒見役に抜擢してくれた。


 しかも、お嬢様に出す前から毒見をするのではなくお嬢様が直々に食べさせてくれるというご褒美付きだった。しかも二人だけで。


 サラダ、ステーキ、パン、パスタ、パンナコッタを一口ずつ楽しめるという金貨何百枚レベルの贅沢時間を満喫していた。もちろん毒見という役目は怠らず、飲み込んでから少しして食べても良いと判断してから食べさせた。


 お嬢様は「料理が冷めるわ」と小言を言ったが、文句はそれだけで後は黙々と食べていた。


 デザートも済ませ、食後の紅茶で有意義な時間が流れていると、お嬢様が突然「ルーリ王子は今頃あの女と誓いのキスをしているのかしら」と話しかけてきた。


「えぇ、とっくに終わって、今はダンスパーティーにでも開催されている頃だと思いますよ」

「そう……」


 お嬢様は浮かない顔をしていた。やはり、公爵という立場で王族の結婚式に参加しないのはご法度だと自責の念に駆られているか、あるいは王子にまだ未練が残っているかの二択だ。


「まだ諦めきれませんか。王子のこと」

「そんな訳ないわ。ただ……」

「ただ?」

「妙に静かすぎるなと思っただけ」

「静か……ですか?」

「そうよ。耳を澄ましてご覧なさい」


 私は言われた通りに聴覚に神経を研ぎ澄ました。確かにお嬢様の言う通り、風の音も執事や召使い達が歩いたりする音も聞こえなかった。だが、さっきまでメイドがワゴンに料理を乗せて運んで来てくれていたので問題はないだろう。


「きっと厨房が忙しいのだと思います」

「今日のあなたは妙に感が鈍いのね」


 お嬢様が残念そうに溜め息を吐いたので、「見てまいります」と言って食堂を出ようとした。が、ほんの少しだけ胸がざわついたので振り返った。お嬢様は変わらず優雅に紅茶を飲んでいた。


「そこで待っててください」

「子供じゃないんだから。早く確認してきて」


 私は出るまでお嬢様の姿を見届けた後、全速力で厨房へと急いだ。廊下は確かに不自然なほど人はいなかった。


 カッサンドラが屋敷を去った時と同じような不安に襲われた。私が忘れている大事なことは何だろうと必死に思い出した。


 しかし、どう捻っても浮かび上がらなかいまま厨房に辿り着いた。


「……え?」


 私は目を見張った。厨房にはシェフがいなかった。それどころか、まるで料理した痕跡がなかったかのように綺麗だった。夢でも見ているかのような心地で中に入ると赤い封筒が目に入った。


 手に取って取り出してみると、黒い紙に赤い文字で『死の運命からは逃れられない』と書かれていた。悪質なイタズラ――そう思いたかったが、この文字を見た瞬間、ようやく大事なことを思い出した。


 ルーリ王子とマリーとの結婚は強制イベントだった。あまたある選択を選んだとしても必ず王子とマリーは結ばれる運命だった。そこにお嬢様が乱入して王子を奪おうとした時、騎士達の手によってお嬢様は……。


(こうしてはいられない)


 私はすぐに玄関に向かおうとしたが、入り口前で人が立っていた。あの赤い仮面の男だった。


「やぁ、あの時はよくも私にガラス球をぶつけてくれたね」


 どっちつかずの声色で睨みつけていた。私は何か武器はないかと探したが、銀のテーブルの上には何も置かれていなかった。後退しながら引き出しを開けて包丁を探したが空っぽだった。


「無駄だよ。このキッチンには何もない。塩コショウすらね……でも、私は持っている」


 赤仮面は赤の手袋にガラスの破片を持って近づいてきた。私はテーブルを障害物にして頭をフル回転した。


「あなたが全部仕組んだの?」

「うーん、自然の成り行きですからね」

「自然の成り行き?」

「この屋敷は本来であれば登場しないんです。王子とマリーの結婚のシーンではね」


 この言葉を聞いた瞬間、私はハッとした。


「あなたもしかして……ここがどこだが知ってるの?」

「もちろん。ここはゲームの中の世界」


 赤仮面は自分の仮面を外した。片目は絆創膏みたいなので貼られていた。恐らくあの時ガラス球の攻撃で失明したのだろう。


 だが、それよりも衝撃的だったのは赤仮面の正体がカッサンドラだったということだ。それと同時にどうしてお嬢様の死の予言を予期することができたのか、理解できた。


「あなたとムーラは……共に外からの世界から来たんですね」

「その通りです。前世で私達は親子でした。ゲームでは繋がっていないけど」


 赤仮面もといカッサンドラは声色を元に戻していた。


「どうやってこの世界に?」

「大きなトラックに()かれて死にました。あなたと同じように」


 思わず心臓に矢が刺さったような衝撃を受けた。私も外の世界から生まれ変わったことを知っているらしい。トラックという言葉も聞き覚えがあった。あの巨大な壁は運搬用に使われる馬なし馬車だったような気がする。


「なぜ私もあなた達と同じだと?」

「原作とは違う行動をしているからです。前の世界での話ですが、ゲームではあなたは単なる付き人でジュリアーノさんにこき使われるだけの存在です。それなのにあなたは不思議な力を使って数多の死亡フラグを免れてきた」

「不思議な力……」


 私は自分の手のひらを見た。そういえば、今まで普通に使ってきたが、私のこの『吸収』はいつどうやって手に入れたのだろう。気がついたら出来るようになっていた。師匠もその力見せた時、よほどの事がない限り使うのをやめなさいと言われていたから、見たことはないと思う。魔法の本にも載っていなかった。


「あなたも私と同じく授かったんです。この世界に来る前、神様に」


 カッサンドラはそう言って指を鳴らした。すると、テーブルを挟んでいたはずなのに、いつの間にかすぐそばまで近づいていた。それに全く動けなくなってしまった。


「私はあらゆるものを瞬間的に移動し操る力。あなたはあらゆるものを爆弾にする力――どちらの方が力が上か……分かりますよね?」


 カッサンドラが指を曲げると私の首が急に苦しくなった。手のひらを動かそうにも彼女の力のせいで微動だにしなかった。生徒会長は高らかに笑った。


「この状態でこれを使ったらどうなるでしょうね」


 彼女はそう言ってガラスの破片を浮かばせて私に向けてきた。鋭利な先は私の片目に向けられていた。まさか片目を失った報復として私も……。


「あの時のお礼です」


 カッサンドラが指を鳴らすと破片は目に――行かず、横を通過した。風を切るように壁にぶつかってパリンと割れる音が背後から聞こえた。私の背中からドッと冷や汗が流れていくのを感じた。


 生徒会長はフフと小奇麗に笑った後、「安心して。あなたを殺すつもりはないわ」と指を鳴らした。すると、私の身体が楽になった。私は呼吸を整えてから話しかけた。


「召使やシェフ達はどこに?」

「安全な場所です。奴らに命を狙われないように」

「奴ら? 奴らってまさか……」

「『晒し首』の連中ですよ」

「まさかここに襲撃しに来るの?」


 それには答えず、カッサンドラは厨房を出て行ってしまった。


「待ちなさい!」


 私は急いで彼女の後を追いかけた。

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