第27話 その後
「お嬢様……」
私は彼女の無事が分かると全身の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。お嬢様は「またそんなに傷だらけになって。ドMなの?」と溜め息を吐くと、ポケットから小瓶を取り出した。
お嬢様はコルクの蓋を抜くと、私の傷に掛けた。最初は染みるような痛さが襲ってきたが、みるみるうちに癒えていった。
「これはもしや……回復薬?」
「そうよ。もしもの時に備えて置いたの……アナタガキズツイタトキノタメニ」
小声で何か言ったような気がするが、早口だったため聞き取れなかった。お嬢様は「ほら、ボサッとしてないで。行くわよ」と私を立ち上がらせた。
ふと馬が未だに走行している事に気づいた。アレーが火だるまになって死んだのなら、その効力は失われて停止するはずだ。
それがないとするなら――考えられるのは一つ。
私は急に背後から殺気を感じたので振り返ると、お嬢様の首元にナイフを向けているアレーだった。黒の仮面は半分無くなっていて、服は所々焼けていて水色の下着や素肌が露わになっていた。
「ははは……よくもやってくれたわね」
アレーは黒焦げた頬をお嬢様の顔に擦り付けるように近づいた。お嬢様は「気持ち悪いからやめなさい!」と声を荒らげるが、暗殺者のボスはそれぐらいで狼狽えるような人ではなかった。
「ふ、ふふふ、ふふふふふ、も、もし何か変な真似をしたらこいつの首を掻っ切るから。あ、あなたもよ! ジュリアーノ! 変な魔法を使ったら、即死よ!」
アレーは先程までの冷静さを失っているみたいで、視線を右往左往させながらお嬢様をカゴの中に乗らせようとしていた。
「はぁ……分かったわ」
お嬢様はそう言って肘でアレーの腹に一撃を与えた。予期せぬ攻撃に彼女はウッとナイフを落とした。私はすかさず蹴飛ばした。お嬢様がタイミングよく避けてくれたおかげで、アレーは今度こそ馬車から放り出された。あたりどころが悪かったのか、枝に胴体が突き刺さっていた。
すると、馬があっという間に骨になった。主が死んで効力を失ったらしい。私とお嬢様はグラグラと揺れるカゴの上にバランスを保ちながら近づいた。
「お嬢様の、せーので行きますよ」
「分かった。せーの!」
お嬢様の掛け声と同時に私達は馬車から飛び降りた。運良く木々にあたる事なく地面に転がった。
その直後に荒々しく倒れる音が聞こえた。立ち上がって見てみると馬車が横に倒れていた。もしあと数秒遅かったが手遅れになっていたかもしれない。
「いたたた……」
お嬢様の声がしたので辺りを見渡すと、彼女は片脚を擦っていた。すぐに駆け寄り脚の具合を確かめると、お嬢様は「痛いから触らないで!」と私の肩を叩いた。どうやら捻挫してしまったらしい。
私は口笛を吹いて馬を呼ぶと、お嬢様を先に馬に乗らせて、彼女の背中に巻きついた。
「馬の操縦はできますよね?」
「私を誰だと思ってるの? 馬術なんて余裕よ」
お嬢様は口ではそう言っているが、馬はあっちこっちに移動していた。危うく落馬しそうになったので、前後を逆にして私が操る事になった。馬はスムーズに森の中を駆けて行った。
「この馬、後で煮込み料理にしてやろうからしら」
「お止めください。私の馬です」
「そう。じゃあ、助けてくれたお礼に料理をするのを止めてあげるわ」
お嬢様はそう言うと、私の腰回りの締め付けが強くなった。
「ありがとう」
気取っても高慢雰囲気もない毒素の抜けた純粋のお礼だった。私の心は危うく甘美な世界に足を踏み入りそうになったが、ルーリ王子を見かけたので私の意識はそちらの方に向けられた。
王子は未だに三人の暗殺者と戦っていた。服は傷だらけで剣先も折れていた。一方暗殺者の方もボロボロだった。どうやら強さは王子と互角らしい。
「ねぇ、あの王子は何をやっているのかしら」
ジュリアーノお嬢様が王子に色めいた声を出していなかった。どうやらあの一件で完全に冷めたらしい。
「さぁ? 助けますか?」
「あなたはどう思う?」
「共倒れでしょうね」
「じゃあ、助けない。私を傷つけた罰よ」
「えぇ、同感です」
私とお嬢様はそのまま馬を走らせた。通り過ぎる時に王子の助けを呼ぶ声が聞こえなかったが、お嬢様の甲高い笑い声にかき消されていった。
※
王子は騎士団長達の手によって助けられた。私とお嬢様は王子様を見殺しにしようとした罪で逮捕されるかと思ったが、お咎めはなかった。
チース公爵の後をお嬢様が継ぐ事になった。お嬢様以外に血筋はなかったので、若くして爵位の身分に就く事になった。
ジュリアーノ公爵はすぐに屋敷を再建した。父親が遺した莫大な財産を惜しみなく使って、前に住んでいた屋敷よりもさらに豪華にさせた。
まるでおとぎ話にでも出てくるような屋敷が完成した。黄金の屋根に宝石が散りばめられた造花の庭、車寄せには巨大なお嬢様の石像が立っていた。中も部屋数は前の倍になり、風呂も黄金だった。
ジュリアーノ公爵――いや、言いにくいから前と同じお嬢様と呼ぶ事にしよう。お嬢様の部屋は最上級なものばかりだった。国一番の職人が作ったテーブルや椅子、金細工が施されたベッド。まさに権力者そのものだった。
さらに入手困難な虹色の鳥の羽根で作られた扇も作らせると、それを自慢気に貴婦人達に見せていた。
もちろん屋敷だけではない。召使いも大量に雇った。再雇用もしたのもあったが、殆どが新米だった。
私に関しては永久雇用となった。秘書兼召使いの長として彼らを指導しながらお嬢様の仕事のサポートもした。
学園は完全に退学してしまい、お嬢様は公爵として社交界の場に出たり、当主の執務に追われたりと忙しい日々を過ごしていた。私もお嬢様が届けを出した時に一緒に辞めた。
相変わらずマリーから手紙が来たが、一切読む事も返信する事もなく棄てた。そして、ムーラの所にも行かなくなってしまった。自分の予言を防げなかった罪悪感からか、彼女も自ら出向くような真似はしなかった。
ただカッサンドラとマッコフが気になっていた。生徒会長はまるであの屋敷襲撃を予測していたみたいに私を招いた。もしかしたらお嬢様の誘拐を命じたのは彼女なのではと疑ったが、私を生かす理由が分からない。
マッコフはあの犯行声明を出してから未だに行動を出していない。単なる脅しなのか、それとも機会を伺っているのか――謎が多い。




