第26話 激闘
一息つく暇もなく複数の馬が駆ける音がした。即座にその方を見ると、二頭の馬が馬車に繋がれて森の奥へと駆けて行った。一瞬ではあるがお嬢様の顔が見えたので間違いなくそこに乗らされていると分かった。片方だけ鉤爪を回収して、空いている手で指笛を鳴らした。
馬が颯爽とやってきた。万が一敵が逃走しても追いかけられるように縄を緩めにしていたおかげで、自力でご主人の方まで駆けてくることができた。私はサッと乗ると尻を足で叩いて追いかけた。
木々がたくさん生い茂っているのでうまく走行できないのだろう。馬車はそこまでスピードを出していなかった。すると、カゴの上に蝶の仮面の男が登ってきた。背中に風呂敷に覆われたものを担いでいた。それは暗殺者の身体の半分を覆うほど大きくて、それをドンッと置いた。
「覚悟しろ。ボウガン百連射じゃいっ!!」
暗殺者はそう叫ぶと、風呂敷を剥がした。現れたのは巨大な矢筒みたいなものだった。中には無数の矢がしまわれているらしく、暗殺者はハンドルを回して発射させていた。
矢筒が回転する度に矢が私の方に飛び出してきた。威力は通常の発射と変わらず、飛ぶ矢と障害物のようの迫る木々を手綱を使って避けるのに必死だった。
このままでは馬に命中されて落馬するのも時間の問題だと思った私は軌道を逸して馬車から距離を置いた。横目で馬車の進行方向を観察しながら前方を確認した。
登れそうな木があったので馬を停めると、足をかけた。猿のように頂上まで上るとそこからムササビみたいに別の木へと移った。
ヒョイヒョイと木々に移りながら追いかけていくうちに並走できるようにまで追いついた。段々距離を詰めていき、チャンスを伺った。すると、ツタがぶさ下がっている木を見つけたので、それをロープみたいに掴んで飛んだ。
馬車の上にいた暗殺者はまさか横から飛んでくるとは思わなかったのだろう、私の飛び蹴りに抵抗する暇もなく落ちていった。百連射のボウガンを持ち上げてぶん投げると、運転席を確認した。
本来いるはずの御者はいなかったが、二頭の馬はキチンと並走していた。よく見ると馬の体から禍々しい黒い霧のようなものが出ていた。
「どう? 黒魔術で死んだ馬を操っているの」
背後から綺麗な声が聞こえたので振り返ると、水色のショートヘアで黒い蝶の仮面を付けた人物が立っていた。背丈はそこそこでタキシードを着ていた。
「あなたが夜の蝶のボス?」
「その通り。私はアレー」
アレーは静かに微笑んだ。唇に紅が塗られているので、恐らく女性だと推測される。
「誰にお嬢様の誘拐を命じられたの? マッコフ?」
「守秘義務があるの。そう簡単には言えないわ」
アレーはガーテツのように口を割らないらしい。まぁ、今は雇い主は二の次だ。
「お嬢様を返して」
「残念だけど、それは無理ね」
「じゃあ、死ね」
私はナイフを投げた。が、アレーが手をかざすとナイフは彼女の顔の前で止まった。やはり、そう一筋縄ではいかないか。
「驚いた?」
「別に」
「感情が薄いのね。そんなんで人生楽しくないでしょ」
「あなたに言われたくない」
「失礼ね。私は楽しいわよ。特に……」
アレーの両手が禍々しい黒い霧で覆われていった。
「人をなぶり殺す時はね」
私は斬りかかろうとしたが両脚が蝋で固められたかのように動けなくなってしまった。すぐさま手をかざして「吸収」と唱えると、霧は球体に変り、ぶん投げると飛散した。
が、アレーにはダメージが効かなかった。もう片方も試そうとしたが彼女に鳩尾を一撃ぶち込まれてしまった。
嘔吐する寸前だったがどうにか持ちこたえて、アレーの顔を吸収しようとしたが、視界が黒い霧で覆われたせいでどこに向けたらいいのか分からなかった。
「アハハハハハ! 情けないわね!」
アレーの甲高い笑い声が聞こえたかと思えば、腹に鋭い一撃が刺さった。
「ずいぶんたくさん武器を持ってきているのね。だから、じゅーぶん、楽しめそう♡」
彼女は何度もナイフで私の脇腹や脚を突き刺したり殴ったりしていた。片脚が動けない上に視界もハッキリしないので防ぐ事もできずにやられっぱなしだった。
アレーの嬉々とした笑い声が響いていく。血が大量に出ているからなのか、意識が薄れていくのが分かった。
「さぁっ! 最後の最後まで楽しみましょう♡」
突然私の頬に生暖かくてザラザラした触感が襲った。恐らく舌を舐められているのだろう、暖かい息があたっていた。
「な、なぁっ!? ど、どうして縄が解けがっぎゃっひあああああああ!!!」
すると、アレーらしき悲鳴が聞こえたかと思えば視界が晴れた。見えたのは全身火だるまになっている暗殺者と片腕に炎をまとったお嬢様だった。
「私以外に付き人に手を出すな。低俗職が」
お嬢様は大きめの火の球をアレーにぶつけると、彼女は断末魔をあげて落ちていった。




